治療家・専門家向け

「腰痛の85%は原因不明」は本当か|非特異的腰痛という数字の出どころと限界

腰痛の85%は原因不明——治療家なら一度は聞き、いまは患者さんもネットで読んで来院される数字。私はこれを否定しない。ただ、この数字が何を測って何を測っていないのかを取り違えると、渡す言葉を間違える。出どころの一次資料までさかのぼり、non-specificは原因不明ではないこと、残る15%の中身、そして診る側の道具立てで85%が22%まで動いた日本の研究までを整理する。

大黒 充晴(院長/柔道整復師・臨床23年)
※本ノートは治療家・医療従事者向けの専門的な覚え書きです。一般の方の自己判断・施術の代替を意図したものではありません。引用文献はエビデンス確認用であり、当院の施術効果を保証するものではありません。

「腰痛の85%は原因不明」——治療家なら一度は聞いた数字だ。最近は患者さんのほうが先にネットで読んで、その言葉を持って来院される。私はこの数字を否定しない。ただ、この数字が何を測っていて、何を測っていないのかを取り違えると、診察室で渡す言葉を確実に間違える。一次資料までさかのぼって、この数字の正しい持ち方を書いておく。

この数字は、どこから来たのか

まず出どころを押さえる。孫引きで語られることが多い数字だからだ。

広まった原典としてよく挙げられるのは、次の2つである。

  • Deyo RA, Rainville J, Kent DL. What can the history and physical examination tell us about low back pain? JAMA. 1992;268(6):760-765. PMID: 1386391
  • Deyo RA, Weinstein JN. Low back pain. N Engl J Med. 2001;344(5):363-370. PMID: 11172169

日本では、この流れが腰痛診療ガイドラインに取り込まれたことで一気に一般化した。

⚠️ ここで一つ注意を書いておく。1992年のJAMA論文も2001年のNEJM論文も、PubMedには抄録が載っていない(どちらも総説)。つまり多くの人は原典を読まずに引用している。私も含めて、数字を語るときは「どこで読んだか」を一度点検したほうがいい。

non-specific は「原因不明」ではない

ここがこのノートの中心だ。

原語は non-specific low back pain。日本語の正式な訳は「非特異的腰痛」である。意味は、特異的な(specific = 名前のついた)疾患に帰属できない腰痛、ということ。

つまりこれは、分類の話だ。

  • 「原因が存在しない」という意味ではない
  • 「原因が永久にわからない」という意味でもない
  • 「現在の標準的な検査で、特定の疾患名に振り分けられなかった」という意味である

ところが日本語で「原因不明」と言われた患者さんが受け取るのは、ほぼ例外なく「だから治らない」だ。ここのズレは、臨床では致命的になる。原因がわからないと言われた人は、体の使い方を変える動機まで失う。

国際的な総説も、実は言い方が慎重だ。

  • Hartvigsen J, et al. What low back pain is and why we need to pay attention. Lancet. 2018;391(10137):2356-2367. PMID: 29573870
    • 「ほぼすべての腰痛において、特定の侵害受容の原因を同定することはできない」としつつ、「明確な病理が分かるのはごく一部(椎体骨折・悪性腫瘍・感染など)」とも書いている。

読み替えるとこうなる。この数字は「原因がない」側の数字ではなく、「重い病気ではない」側の数字である。

残る15%の中身——実は、これは朗報の数字だ

では特異的腰痛の側に何が入っているのか。ここに一次資料の裏づけがある。

  • Henschke N, et al. Prevalence of and screening for serious spinal pathology in patients presenting to primary care settings with acute low back pain. Arthritis Rheum. 2009;60(10):3072-3080. PMID: 19790051
    • プライマリケアを受診した急性腰痛の連続症例 1,172名を追跡。
    • 重篤な脊椎病変は 0.9%(11例)。内訳は脊椎骨折8例・炎症性関節炎2例・馬尾症候群1例
    • 加えて、推奨されている red flags の多くは偽陽性が多く、単独では診断価値が限られると結論している。

私はこの数字を、患者さんに最初に渡す。「85%は原因不明です」ではなく、「腰痛の大半は、検査で名前のつく病気ではないことがわかっています」と言う。同じ研究を指していて、受け取られ方が正反対になる。

⚠️ ただし0.9%はゼロではない。red flags を軽くする話に使ってはいけない。危険サインの線引きは施術しないという技術(禁忌・中止基準・危険サイン)に別立てで書いてある。

その85%は、診る人が変わると小さくなる

ここからがこのノートで一番言いたいところだ。

日本で行われた研究がある。

  • Suzuki H, Kanchiku T, Imajo Y, Yoshida Y, Nishida N, Taguchi T. Diagnosis and Characters of Non-Specific Low Back Pain in Japan: The Yamaguchi Low Back Pain Study. PLoS One. 2016;11(8):e0160454. PMID: 27548658
    • 山口県のウォークイン整形外科外来を受診した腰痛患者 320名(男160・女160、平均55.7歳)。
    • 問診票・画像・神経学的/理学的診察に加え、局所麻酔によるブロック注射(1%リドカイン+0.5%ブピバカイン 1mL)まで使って診断を詰めた。
    • 結果は——診断のついた「特異的腰痛」が250名(78%)、非特異的は70名(22%)
    • 内訳は、重篤な脊椎疾患の群が68名(21%)、診断可能だが重篤ではない群が182名(57%)。この57%の中身が、筋膜性腰痛・椎間関節性腰痛・椎間板性腰痛・仙腸関節性腰痛である。

同じ方向を向いた報告は海外にもある。

  • DePalma MJ, Ketchum JM, Saullo T. What is the source of chronic low back pain and does age play a role? Pain Med. 2011;12(2):224-233. PMID: 21266006
    • 慢性腰痛170例に診断的ブロックを実施し、**椎間板42%・椎間関節31%・仙腸関節18%**に帰属。若年ほど椎間板性、高齢ほど椎間関節性・仙腸関節性が多かった。

ここは正直に書いておく。 診断的ブロックは万能ではない。単回のブロックは偽陽性率が高いことがくり返し指摘されていて、「78%に診断がついた」を額面どおり絶対視するのは公平ではない。

それでも、この事実は動かない。

85%という数字は、診る側が持っている道具立てによって、大きく動く。

同じ患者集団でも、問診と画像だけで診れば「非特異的」に分類され、ブロックまで使えば「椎間関節性」「筋膜性」と名前がつく。つまり85%は、患者さんの体の性質を測った数字ではなく、その時代・その現場の診断手段の解像度を測った数字でもある。

日本のガイドラインも、2019年の改訂でこの点の記述を見直し、非特異的腰痛を未確立の疾患群を詰め込んだ症候群として、なお検討の余地が残るものと位置づけ直している(上井浩「腰痛診療ガイドライン2019の要旨と解説」日大医学雑誌 81巻3号 123-126頁, 2022年)。

では画像を足せば解決するのか——しない

反対側からも押さえておく。「じゃあ全員MRIを撮ればいい」にはならない。

  • Ishimoto Y, et al. Associations between radiographic lumbar spinal stenosis and clinical symptoms in the general population: the Wakayama Spine Study. Osteoarthritis Cartilage. 2013;21(6):783-788. PMID: 23473979

    • 地域住民 938名(男308・女630、平均66.3歳、40〜93歳)のMRI。
    • 中等度以上の中心性狭窄が77.9%、重度が30.4%
    • ところが、重度の狭窄がある人でも症状ありは17.5%だけ——つまり約82%は無症状だった。
    • 著者らの結論も「画像上の腰部脊柱管狭窄はありふれているが、症候性の人は比較的まれ」である。
  • Jensen RK, Jensen TS, Koes B, Hartvigsen J. Prevalence of lumbar spinal stenosis in general and clinical populations: a systematic review and meta-analysis. Eur Spine J. 2020;29(9):2143-2163. PMID: 32095908

    • 41論文・55サンプルのメタ解析。無症状集団における画像診断上の腰部脊柱管狭窄の統合有病率は 11%(95%CI 5〜18%)

つまり二重に効かない。画像に写らない=原因がない、でもなければ、画像に写った=それが原因、でもない。 ヘルニア・すべり症も含めた全体像は画像に写った「異常」は、痛みの犯人とは限らないにまとめてある。

私は、この数字をこう扱っている

ここからは私の考え方(私見)である。

私が施術で見ているのは、痛みの真因は「動いていないところ」に書いたとおり、関節の1〜2mmのわずかなズレと、ファシアの硬結だ。

この2つには共通点がある。どちらも画像に写らないし、血液検査にも出ない。

だとすれば、私が日々触れているものは、定義上ほぼ全部「非特異的腰痛」の85%の中に入っている。85%とは、私にとっては「原因がない人の集まり」ではなく、いまの標準的な検査が名前をつけられていない領域の呼び名にすぎない。

山口スタディで、**筋膜性腰痛が独立した診断群として18%**を占めていたことは、私の側から見ると意味が大きい(ファシアとは何か)。名前がつかないとされてきた領域に、名前がつきはじめている。

⚠️ ただし誤解のないように書いておく。あの研究が当院の手技を裏づけた、という意味ではない。 筋膜性腰痛という診断名が立つことと、私の手技が有効であることは別の話で、後者はまだ証明されていない。ここは分けて持つ。

そして、この見方全体が私の臨床経験に基づく考え方(私見)であり、証明された定説ではない

診察室での渡し方

言い方だけで、患者さんの受け取りが変わる。私が使い分けている形を置いておく。

❌ こう言わない✅ こう言う
腰痛の85%は原因不明です腰痛の大半は、検査で名前のつく病気ではない、という意味の数字です
原因はわかりません重い病気ではない、というところまでは確認できています。ここから先は、動きと生活から見ていきます
画像に写っていないので大丈夫です画像で確認すべきものは確認できました。写らないものもあるので、そこは動きで確かめます
うちなら原因を特定できます約束しない)診断は医師の役割です。私が見るのは、動きを止めている場所です
病院でわからないものが、うちならわかります言わない)役割が違うだけで、優劣の話ではありません

補足を2つ。

  1. 「非特異的腰痛」という言葉を、患者さんに貼るラベルにしない。 これは痛みの機序分類で痛覚変調性疼痛について書いたのと同じ姿勢だ。分類は、こちらの見立てのチェックリストであって、その人の属性ではない。
  2. 数字で不安を煽らない。 85%も0.9%も、患者さんを安心させるために使う。怖がらせるために使いはじめたら、その時点で目的から外れている。

踏み外さない線

最後に、ここは動かさない。

  • red flags が先。進行する筋力低下、排尿排便の異常、サドル型の感覚障害、発熱、体重減少、夜間の激しい痛み、がんの既往——これらがあれば施術より受診が優先。
  • 診断は医師の役割。私たちが立てるのは施術のための見立てであって、診断名ではない。
  • 当院の施術で狭窄やヘルニアを治すとは言わない。構造そのものを変える約束はしない(※変化の感じ方には個人差があります)。
  • 施術の感覚は二層で正直に伝える。関節のわずかなズレを整えるときはほとんど痛みがなく、こわばったファシアの硬結をゆるめるときは痛みを伴うことが多い。

まとめ

  • 「85%」の出どころは Deyo らの総説(JAMA 1992/NEJM 2001)。どちらもPubMedに抄録がなく、孫引きが多い数字である。
  • non-specific は「原因不明」ではなく「非特異的」——特定の病名に振り分けられない、という分類上の呼び名。
  • 残る側の中身は重篤な病変で、プライマリケアの急性腰痛では0.9%(1,172名中11例、うち8例が骨折)。この数字は本来、朗報として渡すもの
  • 診る側の道具立てが変われば、85%は動く。 ブロックまで使った山口スタディでは非特異的は22%、診断可能で重篤でない群が57%(筋膜性・椎間関節性・椎間板性・仙腸関節性)。ただし診断的ブロックの偽陽性という限界は正直に持つ。
  • 画像を足しても解決しない。 重度の脊柱管狭窄でも約82%は無症状(和歌山)、無症状集団の画像上の狭窄は11%(メタ解析)。
  • したがって私たちの仕事は「原因のない人」を相手にすることではなく、まだ名前のついていない原因を、動きの中から探すことである。
大黒 充晴

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)

枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。

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