痛みの機序分類——「侵害受容性・神経障害性・痛覚変調性」を、正確に使い分ける
痛みの機序分類は長く2つだった。組織が壊れて起きる侵害受容性と、体性感覚神経系の病変で起きる神経障害性。2017年、IASPはそのどちらでも説明しきれない痛みを『nociplastic pain(痛覚変調性疼痛)』として第3の機序に加えた。日本語訳の決定は2021年。ただしこれは除外診断的な概念で、個人を判定できる確立した検査はなく、臨床基準(Kosek 2021)には正面からの批判もある。3分類の定義・来歴・年号の混同・断定してはいけない理由を、一次資料で整理する治療家ノート。
「侵害受容性か、神経障害性か」。この二択で説明がつかない患者を、我々は毎日診ている。2017年、IASPはその第3の枠として nociplastic pain(痛覚変調性疼痛)を正式に加えた。ここまでは事実だ。だが問題はその先——この分類は、患者さんに貼ってよいラベルなのか。 本ノートは、3分類の定義と来歴を一次資料で確定し、そのうえで「どこまでが言えて、どこからが言い過ぎか」の線を引く。結論から言えば、分類は仮説の整理であって、個人の判定ではない。
先に結論——4つだけ
- 機序分類は長く2つだった。 組織の損傷で起きる侵害受容性(nociceptive)と、体性感覚神経系の病変で起きる神経障害性(neuropathic)。この二分法では、行き場のない痛みが残っていた。
- 2017年、IASPが第3の枠を加えた。 どちらでも説明しきれない痛みを nociplastic pain と呼ぶ。Kosek ら(2016)の提起を受けた採用で、日本語訳「痛覚変調性疼痛」の決定は2021年。
- これは除外診断的な概念である。 個人を判定できる確立した検査はなく、IASP自身「新しい診断名を作るものではない」としている。臨床基準(Kosek 2021)には正面からの批判論文もある。
- だから断定してはいけない。 現実の慢性痛の多くは複数機序の混合(mixed pain)。治療家が患者さんに「あなたは痛覚変調性です」と名前を付けるのは、根拠を超える。
1. 二分法だった機序分類——侵害受容性と神経障害性
まず、長く使われてきた2つの定義を、IASPの原文で確認する。日本語は要旨。
- 侵害受容性疼痛(nociceptive pain):"pain arising from actual or threatened damage to non-neural tissue, and is due to the activation of nociceptors." → 神経以外の組織の、実際のまたは差し迫った損傷から生じ、侵害受容器の活性化による痛み。打撲・炎症・変形性関節症など、原因の組織が名指しできる痛みだ。
- 神経障害性疼痛(neuropathic pain):"pain caused by a lesion or disease of the somatosensory nervous system." → 体性感覚神経系の**病変(lesion)または疾患(disease)**によって生じる痛み。ヘルニアの神経根症状・帯状疱疹後神経痛・糖尿病性神経障害など。
この二分法は強力だが、抜けがある。組織の損傷も、神経の病変も見当たらないのに、慢性的に痛む・過敏になる——線維筋痛症、一部の慢性腰痛、過敏性腸症候群などが、どちらの箱にも入りきらなかった。二択で無理に分けると、「異常なし=気のせい」か「原因不明」で放り出すことになる。
2. 第3の枠「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)」の来歴
ここが、治療家向けの場でもっとも年号を突かれるところだ。順番に押さえる。
- Kosek ら(2016・PAIN) が「第3の機序記述子が必要か?」と提起("Do we need a third mechanistic descriptor for chronic pain states?")。
- 2017年、IASPが英語用語 "nociplastic pain" を用語集に採用。
- 2021年、日本語訳「痛覚変調性疼痛」が決定。 日本痛み関連学会連合の用語委員会(委員長・加藤総夫)が答申し、連合の評議員会がこれを承認。加盟8学会(日本疼痛学会/日本運動器疼痛学会/日本口腔顔面痛学会/日本頭痛学会/日本ペインクリニック学会/日本ペインリハビリテーション学会/日本慢性疼痛学会/日本腰痛学会)に向けて2021年10月5日に公表された。
⚠️ 年号の混同に注意:「2017年に痛覚変調性疼痛として分類された」と書くと、英語用語の採用年に日本語訳の名前を当てた形になり、不正確になる。2017年=英語用語の採用、2021年=日本語訳の決定。承認したのも「理事会」ではなく連合の評議員会である。細かいが、治療家向けの場ではこの精度が信用を分ける。
3. nociplastic の定義と、「除外診断的」という核心
IASPの定義を原文で置く。
痛覚変調性疼痛(nociplastic pain):"pain arising from altered nociception despite the absence of clear evidence of actual or threatened tissue damage causing the activation of peripheral nociceptors or evidence for a disease or lesion of the somatosensory system causing the pain."
→ 末梢侵害受容器を活性化させるような組織損傷の明確な証拠も、体性感覚神経系の疾患・病変の証拠もないのに、侵害受容の調整(nociception)が変化して生じる痛み。
定義の構造を読むと分かるが、これは**「他の2つで説明できないこと」を要件に含んでいる**。つまり本質的に**除外診断的(diagnosis of exclusion 的)**な概念だ。ここから、治療家として絶対に外してはならない2点が出る。
- 新しい「診断名」ではない。 IASPの整理でも、これは特定の痛みの機序が働いている**可能性(likelihood)**を示すもので、新しい疾患カテゴリーを立てるものではない。
- 個人を確定する検査がない。 末梢・中枢の感作(アロディニア・痛覚過敏)はしばしば伴うが、それは痛覚変調性に特異的ではない。だから「この人はこれだ」と個人を判定する確立した検査は、現時点で存在しない。
「実在する痛みだが、個人には貼れないラベル」——この二重性を持ったまま扱うのが、正確な立場だ。
4. Kosek 2021 の臨床基準と、その批判
「では実務でどう見分けるのか」に対して、Kosek ら(2021・PAIN) が筋骨格系の痛覚変調性疼痛について臨床基準と**grading(段階づけ)**を出した。骨子は分類ツリーで、
- 痛みの分布が**限局した1点ではなく、地域的〜広範(regional / multifocal〜widespread)**であること
- **外的刺激への過敏性(hypersensitivity)**の所見
- 可能性(possible)→ 蓋然性が高い(probable) の段階で評価する
- 併存を否定しない:侵害受容性(変形性関節症など)や神経障害性(末梢神経病変など)の原因があっても痛覚変調性の併存は排除されない。ただし痛みの範囲が、同定できる病態で説明できる範囲より広いことを求める。
臨床の道具としては有用だが、手放しでは使えない。 これに対して Cohen ML(2022・PAIN・letter) が「筋骨格系の痛覚変調性疼痛の臨床基準は欠陥がある(flawed)」と正面から批判している。基準そのものが定説として確定しているわけではない、という点は、患者さんに向けて断定する前に思い出すべきだ。
臨床への落とし込み(私見):私はこの分類を、患者さんに貼るラベルとしてではなく、自分の見立てのチェックリストとして使っている。「痛む範囲が、触って見つかる原因より不自然に広くないか」「刺激への過敏が前景に出ていないか」——これらは、強い刺激を避ける・固めない・睡眠と生活の土台から見るという当院の方針(やらない努力)を選ぶ材料になる。だが、それは私の臨床判断の材料であって、患者さんに渡す診断名ではない。
5. なぜ「断定」が危険なのか——治療家の立ち位置
分類を患者さんに断定して渡すと、二重に外す。
- 根拠を超える:個人を判定する検査がない以上、「あなたは痛覚変調性だ」は、確定できないことを確定したかのように渡すことになる。
- 物語を固定する:「あなたの痛みは脳の問題」と受け取られれば、患者さんに誤った自己像を植えつけかねない。中枢の関与は関与しうるまでしか言えない(下行性抑制の話も同様で、個人判定の検査はない)。
正確な渡し方は、「組織の壊れだけでは説明しきれない痛みも、正式に認められた実在の痛みです。気のせいではありません」——ここまで。分類名を個人に貼らず、実在性の肯定と、役割分担(診断は医師、我々は手技と生活の土台)に着地させる。
常識 vs うちの考え
| よくある言い方 | うちの見方 |
|---|---|
| 痛みは「侵害受容性か神経障害性」のどちらか | 第3の枠(痛覚変調性)がある。現実は複数機序の混合が多い |
| 画像に異常がないなら気のせい | 組織損傷のない痛みも、IASPが2017年に正式採用した機序分類 |
| 「2017年に痛覚変調性疼痛と分類された」 | 2017年=英語用語の採用。日本語訳の決定は2021年 |
| この患者さんは痛覚変調性疼痛だ | 除外診断的で個人を判定する検査はない。断定してラベルを貼らない |
| 痛覚変調性なら中枢(脳)の問題だ | 中枢感作は関与しうるが、個人を確定はできない。物語を固定しない |
関連ノート
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参考文献
- Kosek E, et al. Do we need a third mechanistic descriptor for chronic pain states? PAIN. 2016;157(7):1382-1386. (PMID 26835783)
- International Association for the Study of Pain (IASP). Terminology(nociceptive pain / neuropathic pain / nociplastic pain の定義。nociplastic pain は2017年に用語採用).
- Kosek E, et al. Chronic nociplastic pain affecting the musculoskeletal system: clinical criteria and grading system. PAIN. 2021;162(11):2629-2634. (PMID 33974577)
- Cohen ML. Proposed clinical criteria for nociplastic pain in the musculoskeletal system are flawed. PAIN. 2022;163(4):e606-e607. (PMID 35302978)
- 日本痛み関連学会連合 用語委員会. Nociplastic pain の日本語訳に関する用語委員会提案(「痛覚変調性疼痛」). 2021年9月答申・評議員会承認・2021年10月5日公表. https://upra-jpn.org/archives/432
本ノートは施術者向けの機序分類の整理であり、特定の施術の効果を述べるものではありません。診断・治療は医師の領域です。分類は個人を確定する判定ではなく、断定して患者さんにラベルを貼るためのものではありません。

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)
枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。