治療家・専門家向け

痛みの機序分類——「侵害受容性・神経障害性・痛覚変調性」を、正確に使い分ける

痛みの機序分類は長く2つだった。組織が壊れて起きる侵害受容性と、体性感覚神経系の病変で起きる神経障害性。2017年、IASPはそのどちらでも説明しきれない痛みを『nociplastic pain(痛覚変調性疼痛)』として第3の機序に加えた。日本語訳の決定は2021年。ただしこれは除外診断的な概念で、個人を判定できる確立した検査はなく、臨床基準(Kosek 2021)には正面からの批判もある。3分類の定義・来歴・年号の混同・断定してはいけない理由を、一次資料で整理する治療家ノート。

大黒 充晴(院長/柔道整復師・臨床23年)
※本ノートは治療家・医療従事者向けの専門的な覚え書きです。一般の方の自己判断・施術の代替を意図したものではありません。引用文献はエビデンス確認用であり、当院の施術効果を保証するものではありません。

「侵害受容性か、神経障害性か」。この二択で説明がつかない患者を、我々は毎日診ている。2017年、IASPはその第3の枠として nociplastic pain(痛覚変調性疼痛)を正式に加えた。ここまでは事実だ。だが問題はその先——この分類は、患者さんに貼ってよいラベルなのか。 本ノートは、3分類の定義と来歴を一次資料で確定し、そのうえで「どこまでが言えて、どこからが言い過ぎか」の線を引く。結論から言えば、分類は仮説の整理であって、個人の判定ではない。

先に結論——4つだけ

  1. 機序分類は長く2つだった。 組織の損傷で起きる侵害受容性(nociceptive)と、体性感覚神経系の病変で起きる神経障害性(neuropathic)。この二分法では、行き場のない痛みが残っていた。
  2. 2017年、IASPが第3の枠を加えた。 どちらでも説明しきれない痛みを nociplastic pain と呼ぶ。Kosek ら(2016)の提起を受けた採用で、日本語訳「痛覚変調性疼痛」の決定は2021年
  3. これは除外診断的な概念である。 個人を判定できる確立した検査はなく、IASP自身「新しい診断名を作るものではない」としている。臨床基準(Kosek 2021)には正面からの批判論文もある。
  4. だから断定してはいけない。 現実の慢性痛の多くは複数機序の混合(mixed pain)。治療家が患者さんに「あなたは痛覚変調性です」と名前を付けるのは、根拠を超える。

1. 二分法だった機序分類——侵害受容性と神経障害性

まず、長く使われてきた2つの定義を、IASPの原文で確認する。日本語は要旨。

  • 侵害受容性疼痛(nociceptive pain)"pain arising from actual or threatened damage to non-neural tissue, and is due to the activation of nociceptors." → 神経以外の組織の、実際のまたは差し迫った損傷から生じ、侵害受容器の活性化による痛み。打撲・炎症・変形性関節症など、原因の組織が名指しできる痛みだ。
  • 神経障害性疼痛(neuropathic pain)"pain caused by a lesion or disease of the somatosensory nervous system." → 体性感覚神経系の**病変(lesion)または疾患(disease)**によって生じる痛み。ヘルニアの神経根症状・帯状疱疹後神経痛・糖尿病性神経障害など。

この二分法は強力だが、抜けがある。組織の損傷も、神経の病変も見当たらないのに、慢性的に痛む・過敏になる——線維筋痛症、一部の慢性腰痛、過敏性腸症候群などが、どちらの箱にも入りきらなかった。二択で無理に分けると、「異常なし=気のせい」か「原因不明」で放り出すことになる。

2. 第3の枠「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)」の来歴

ここが、治療家向けの場でもっとも年号を突かれるところだ。順番に押さえる。

  • Kosek ら(2016・PAIN が「第3の機序記述子が必要か?」と提起("Do we need a third mechanistic descriptor for chronic pain states?")。
  • 2017年、IASPが英語用語 "nociplastic pain" を用語集に採用。
  • 2021年、日本語訳「痛覚変調性疼痛」が決定。 日本痛み関連学会連合の用語委員会(委員長・加藤総夫)が答申し、連合の評議員会がこれを承認。加盟8学会(日本疼痛学会/日本運動器疼痛学会/日本口腔顔面痛学会/日本頭痛学会/日本ペインクリニック学会/日本ペインリハビリテーション学会/日本慢性疼痛学会/日本腰痛学会)に向けて2021年10月5日に公表された。

⚠️ 年号の混同に注意:「2017年に痛覚変調性疼痛として分類された」と書くと、英語用語の採用年に日本語訳の名前を当てた形になり、不正確になる。2017年=英語用語の採用、2021年=日本語訳の決定。承認したのも「理事会」ではなく連合の評議員会である。細かいが、治療家向けの場ではこの精度が信用を分ける。

3. nociplastic の定義と、「除外診断的」という核心

IASPの定義を原文で置く。

痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)"pain arising from altered nociception despite the absence of clear evidence of actual or threatened tissue damage causing the activation of peripheral nociceptors or evidence for a disease or lesion of the somatosensory system causing the pain."

→ 末梢侵害受容器を活性化させるような組織損傷の明確な証拠も、体性感覚神経系の疾患・病変の証拠もないのに侵害受容の調整(nociception)が変化して生じる痛み。

定義の構造を読むと分かるが、これは**「他の2つで説明できないこと」を要件に含んでいる**。つまり本質的に**除外診断的(diagnosis of exclusion 的)**な概念だ。ここから、治療家として絶対に外してはならない2点が出る。

  • 新しい「診断名」ではない。 IASPの整理でも、これは特定の痛みの機序が働いている**可能性(likelihood)**を示すもので、新しい疾患カテゴリーを立てるものではない。
  • 個人を確定する検査がない。 末梢・中枢の感作(アロディニア・痛覚過敏)はしばしば伴うが、それは痛覚変調性に特異的ではない。だから「この人はこれだ」と個人を判定する確立した検査は、現時点で存在しない。

「実在する痛みだが、個人には貼れないラベル」——この二重性を持ったまま扱うのが、正確な立場だ。

4. Kosek 2021 の臨床基準と、その批判

「では実務でどう見分けるのか」に対して、Kosek ら(2021・PAIN が筋骨格系の痛覚変調性疼痛について臨床基準と**grading(段階づけ)**を出した。骨子は分類ツリーで、

  • 痛みの分布が**限局した1点ではなく、地域的〜広範(regional / multifocal〜widespread)**であること
  • **外的刺激への過敏性(hypersensitivity)**の所見
  • 可能性(possible)→ 蓋然性が高い(probable) の段階で評価する
  • 併存を否定しない:侵害受容性(変形性関節症など)や神経障害性(末梢神経病変など)の原因があっても痛覚変調性の併存は排除されない。ただし痛みの範囲が、同定できる病態で説明できる範囲より広いことを求める。

臨床の道具としては有用だが、手放しでは使えない。 これに対して Cohen ML(2022・PAIN・letter) が「筋骨格系の痛覚変調性疼痛の臨床基準は欠陥がある(flawed)」と正面から批判している。基準そのものが定説として確定しているわけではない、という点は、患者さんに向けて断定する前に思い出すべきだ。

臨床への落とし込み(私見):私はこの分類を、患者さんに貼るラベルとしてではなく、自分の見立てのチェックリストとして使っている。「痛む範囲が、触って見つかる原因より不自然に広くないか」「刺激への過敏が前景に出ていないか」——これらは、強い刺激を避ける・固めない・睡眠と生活の土台から見るという当院の方針(やらない努力)を選ぶ材料になる。だが、それは私の臨床判断の材料であって、患者さんに渡す診断名ではない。

5. なぜ「断定」が危険なのか——治療家の立ち位置

分類を患者さんに断定して渡すと、二重に外す。

  • 根拠を超える:個人を判定する検査がない以上、「あなたは痛覚変調性だ」は、確定できないことを確定したかのように渡すことになる。
  • 物語を固定する:「あなたの痛みは脳の問題」と受け取られれば、患者さんに誤った自己像を植えつけかねない。中枢の関与は関与しうるまでしか言えない(下行性抑制の話も同様で、個人判定の検査はない)。

正確な渡し方は、「組織の壊れだけでは説明しきれない痛みも、正式に認められた実在の痛みです。気のせいではありません」——ここまで。分類名を個人に貼らず、実在性の肯定と、役割分担(診断は医師、我々は手技と生活の土台)に着地させる。

常識 vs うちの考え

よくある言い方うちの見方
痛みは「侵害受容性か神経障害性」のどちらか第3の枠(痛覚変調性)がある。現実は複数機序の混合が多い
画像に異常がないなら気のせい組織損傷のない痛みも、IASPが2017年に正式採用した機序分類
「2017年に痛覚変調性疼痛と分類された」2017年=英語用語の採用。日本語訳の決定は2021年
この患者さんは痛覚変調性疼痛だ除外診断的で個人を判定する検査はない。断定してラベルを貼らない
痛覚変調性なら中枢(脳)の問題だ中枢感作は関与しうるが、個人を確定はできない。物語を固定しない

関連ノート

参考文献

  • Kosek E, et al. Do we need a third mechanistic descriptor for chronic pain states? PAIN. 2016;157(7):1382-1386. (PMID 26835783)
  • International Association for the Study of Pain (IASP). Terminology(nociceptive pain / neuropathic pain / nociplastic pain の定義。nociplastic pain は2017年に用語採用).
  • Kosek E, et al. Chronic nociplastic pain affecting the musculoskeletal system: clinical criteria and grading system. PAIN. 2021;162(11):2629-2634. (PMID 33974577)
  • Cohen ML. Proposed clinical criteria for nociplastic pain in the musculoskeletal system are flawed. PAIN. 2022;163(4):e606-e607. (PMID 35302978)
  • 日本痛み関連学会連合 用語委員会. Nociplastic pain の日本語訳に関する用語委員会提案(「痛覚変調性疼痛」). 2021年9月答申・評議員会承認・2021年10月5日公表. https://upra-jpn.org/archives/432

本ノートは施術者向けの機序分類の整理であり、特定の施術の効果を述べるものではありません。診断・治療は医師の領域です。分類は個人を確定する判定ではなく、断定して患者さんにラベルを貼るためのものではありません。

大黒 充晴

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)

枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。

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