組織が壊れていないのに痛い——「血流不足が原因」は、どこまで本当か
組織損傷も神経病変も見当たらないのに痛む・シビれる。この第3の痛みは2017年にIASPがnociplastic painとして正式に採用した(日本語訳『痛覚変調性疼痛』は2021年)。では原因は血流不足か——Larsson・Sadamoto・Rydevikら一次資料を並べると、因果の向きすら決着していないことが見えてくる。筋の酸素化を有意に改善させても痛みが動かなかった二重盲検RCT、乳酸単独では痛みが起きないラット試験まで、否定も断定もせずに整理する治療家ノート。
画像に異常はない。整形外科でも「骨に問題はない」と言われた。それでも痛い、シビれる——この人たちを、我々は毎日診ている。よくある説明が「血流が悪いからです」だ。わかりやすいし、実際そう説明している同業も多い。本ノートは、その説明が一次資料でどこまで支えられているかを確認する。結論から言えば、支えきれない。しかも逆向きの証拠がある。
先に結論——3つだけ
- 組織が壊れていない痛みは、正式に認められた分類である。 IASPは2017年に nociplastic pain を第3の機序分類として採用した(日本語訳「痛覚変調性疼痛」の決定は2021年)。気のせいではない。
- 「血流不足が原因」とは断定できない。 因果の向きが決着しておらず、筋の酸素化を有意に改善させても痛みと機能が臨床的な差に届かなかったRCTがある。
- だが「関係ない」でもない。 血流は、原因の入口として名指しできるほどの証拠がないだけで、悪循環の一部として関与しうる。断定も否定もせず、ここで止めるのが誠実な立場である。
1. 「第3の痛み」は、正式な分類である
痛みの機序分類は長く2つだった。組織が壊れて起きる侵害受容性と、神経そのものが傷んで起きる神経障害性。どちらにも当てはまらない患者さんは、行き場がなかった。
- **Kosek ら(2016・PAIN)**が第3の分類を提案。
- 2017年、IASPが英語用語 "nociplastic pain" を採用。
- 2021年9月、日本痛み関連学会連合の用語委員会が日本語訳「痛覚変調性疼痛」を提案し、理事会が承認(加盟8学会・10月5日公表)。
⚠️ 年号の混同に注意:「2017年に痛覚変調性疼痛として分類された」と書くと、英語採用の年に日本語訳の名前を当てはめた形になる。2017年=英語用語の採用、2021年=日本語訳の決定。治療家向けの場ではここを突かれる。
ただし決定的に重要な但し書きがある。 これは除外診断的な概念であり、「この人の痛みは痛覚変調性だ」と個人を判定できる確立した検査は存在しない。臨床基準(Kosek 2021)にも正面からの批判論文がある。だから、患者さんに断定して名前を付けてよいものではない。
2. 画像所見だけでは、痛みの原因を確定できない
前提として押さえておく。
Brinjikji ら(2015・AJNR)——症状のない人を集めた33研究・3,110名のメタ解析。
| 所見(無症状者) | 20代 | 40代 | 60代 | 80代 |
|---|---|---|---|---|
| 椎間板変性 | 37% | 68% | 88% | 96% |
| 椎間板膨隆 | 30% | 50% | 69% | 84% |
| 椎間関節変性 | 4% | 18% | 50% | 83% |
論文の結論は「これらの多くは正常な加齢変化の一部であり、痛みと無関係な可能性がある。画像は臨床像の文脈で解釈すべきだ」というものである。「画像所見は痛みと無関係」という全面否定ではない——支えられるのは、画像だけでは原因を確定できないというところまでだ。
詳しくは画像に写った「異常」は、痛みの犯人とは限らないに整理してある。
3. 「血流不足が原因」を、一次資料で確かめる
ここが本題だ。順に当たっていく。
① 因果の向きが決着していない
Larsson ら(1999・Pain):慢性僧帽筋痛の患者76名と対照20名。患側の筋血流は確かに低かった。ただしこれは横断研究で、因果の向きを示せない。 著者自身が、「慢性の頸部痛が神経ペプチドの活性を変え、血管拡張物質の放出が減って血流が下がる」という逆向きの経路を提示している。
つまり、血流低下は原因かもしれないし、痛みが続いた結果かもしれない。研究者本人が決めかねている。
② 血流が止まるには、かなりの力が要る
血流が実際に止まるのはどれくらいの力か。Sadamoto ら(1983)の実測では50〜64%MVCが必要だった。しかもヒラメ筋では2例で80%MVCでも血流が止まらなかった。
⚠️ 数値の扱い:健常男性5名・肘屈曲・膝伸展・足底屈の実測である。一般的な閾値としても、僧帽筋の値としても断定できない。「その筋・その条件ではこうだった」という参照点として置く。
関連して Sjøgaard・Savard・Juel(1988・Eur J Appl Physiol)は、膝伸展とhand-grip課題で、10%MVC未満の低強度持続収縮では血流は十分だったが、それにもかかわらず疲労が起きたと報告し、機序の候補として血流ではなくカリウム恒常性の乱れを挙げている。
⚠️ 対象の確認:これは健常者の膝伸展・握力課題であり、僧帽筋の研究でも、肩こり患者の研究でもない。「肩こり相当の負荷では血流が落ちていない」と読み替えると、測っていない対象へ外挿することになる。ここで言えるのは「血流が保たれていても疲労は起こりうる」という一般的な示唆までだ。
③ 血流(酸素化)を改善しても、痛みは動かなかった
ここが一番効く。
dos Santos Amorim ら(2024・PLoS ONE・二重盲検RCT・n=75):徒手療法で組織酸素飽和度は**+4.02%有意に改善**した。しかし痛みと機能の群間差は、臨床的に意味のある差(MCID)に届かなかった。
押さえておく限定:介入は徒手療法一般ではなく、特定の筋膜リオーガニゼーション法である。それでも「酸素化という生理指標を実際に動かしたのに、患者さんが感じる痛みと機能はついてこなかった」という一点は重い。血流と痛みは、そう単純には連動していない。
4. では、何が起きているのか——「同時にそろったとき」だけ
代謝産物が神経を感作する、という説明自体は正しい。ただし条件が厳しい。
Gregory・Whitley・Sluka(2015・PLoS ONE・ラットn=287・無作為化盲検):
- 乳酸単独:470μM〜1.5Mの全濃度域で、筋の逃避閾値に有意な影響なし
- pH6.0 + 乳酸10mM + ATP2.4μM の3つが同時にそろったときだけ痛覚過敏が発生し、しかも個々の和を超える相乗効果だった
もう一つ、持続する痛みを考えるうえで効く知見がある。
Rybicki ら(1985):カリウム(K+)単独では群III線維16本中14本、群IV線維31本中29本を興奮させる。ただし26秒で順応してしまう。 つまりK+は、一瞬の反応は作れても持続する痛みの犯人にはなれない。
Mense(2009)の総説が主役に置いているのも、K+ではなくプロトン(酸性化)とATPである。
⚠️「乳酸が溜まって痛くなる」は削るべき一文である。 一次資料が正面から否定している。治療家向けの場でもっとも信用を失いやすい。
5. 神経の血流——最初に詰まるのは静脈側
神経に話を戻す。
Rydevik・Lundborg・Bagge(1981・J Hand Surg):ウサギ脛骨神経を生体顕微鏡下で段階的に圧迫した実験。
| 圧 | 起きること |
|---|---|
| 20〜30 mmHg | 細静脈の還流障害(うっ滞) |
| 40〜50 mmHg | 細動脈・神経束内毛細血管の血流障害 |
| 60〜80 mmHg | 神経内血流が観察されなくなる |
⚠️ 「20〜30mmHgで神経内血流が低下する」と書くと、動脈血流まで止まる印象を与える。 正確にはまず静脈側が詰まる。「入ってこない」ではなく「出ていけない」——このうっ滞が神経内浮腫、そして線維化という絞扼の流れの起点になる。
6. 中枢側は正しい。ただしこちらも断定はできない
- Lewis・Rice・McNair(2012・J Pain):30研究、患者778名・対照664名のメタ解析で、慢性疼痛群では下行性抑制(CPM)が低下(効果量0.78)。
痛みを抑える側の働きが落ちている、というモデルは支持されている。ただし前述のとおり、個人を判定する検査はなく、CPMの再現性自体にも議論がある。
要するに、末梢も中枢も「関与しうる」までしか言えない。 ここで断定に走ると、患者さんに間違った物語を渡すことになる。
7. 改善の方向——生理学の原則として言えること
ここから先は、機序から論理的に導ける範囲に限って書く。
血流だけを狙っても痛みは動きにくい。 §3③のRCTがそう言っている。「温める・血流を良くする」を主目的に置く設計は、生理学的な根拠が弱い。
それでも「持続的な低強度収縮を切る」ことには、別の筋道がある。 §3②のSjøgaardが示したのは、血流が保たれていても疲労は起こりうるということだった。つまり「血流を上げれば済む」でも「血流が落ちているから固まる」でもなく、同じ収縮を続けさせている状況そのものを切る側に介入点がある——固定された姿勢を解く、持続的な低強度収縮を止める。当院がやらない努力と呼んでいるものは、ここに接続する。
※ただしSjøgaardの実験は健常者・膝伸展/握力課題である。「だから肩こりもこうだ」とは言えない。ここは機序からの推論であって、実証された臨床経路ではない。
動かない部位は、自力では動かない。 筋ポンプも関節運動による組織液の移動も、動く部位でしか起きない。だから非可動部が問題になる。
睡眠は下行性抑制の土台である。 §6のCPMは睡眠不足で低下する。睡眠は施術の上流に整理してある。
🔲 ここに入るべきもの(院長素材待ち) 「では、うちでは実際にどう触るのか」——手技の具体は、院長の臨床記録が揃った時点で本ノートに追記する。推測で書かない。 機序から手技を逆算して"それらしく"書くことは、このノートの信用を一番早く壊す。
8. よく聞くが「仮説」と明示すべき2つ
Cinderella仮説(低閾値運動単位が持続動員され続けて疲弊する)——原典の Hägg は査読論文ではなく書籍の章4ページである(Electromyographical Kinesiology, Elsevier 1991, pp.141-144)。支持側の **Zennaro ら(2003)**ですら、14名中2名・3ユニット・観察30分でしか持続活動を確認していない。
逆に **Westgaard と De Luca(1999・J Neurophysiol)**は、8例中5例で低閾値運動単位が休止し、より高閾値の単位に置き換わると報告し、これを「筋が自分を守っている」と表現している。**Minerbi(2018)**も、姿勢筋では輪番で動員されるためCinderella unitの形成が阻まれる、としている。
患者さんに渡せる鍵の一言:「筋肉は、自分で交代要員を出している。」
筋膜のdensification——「ヒアルロン酸の粘性↑→滑走↓→疼痛」という連鎖は、別々の研究の断片を接合した仮説である。Steccoらが測ったのは屍体3体の染色によるHAの分布であって粘性ではなく、原文も「もしHAがより密な構造をとるならば……と我々は予測する」という書き方をしている。ヒト生体内でHAの粘性を測定した研究もRCTも存在しない。
**Langevin ら(2011・n=121)**は滑走の低下(せん断ひずみ 56.4%±3.1 対 70.2%±3.6)を実測しているが、HAは一切測定しておらず、著者自身が「素因かもしれないし、結果かもしれない」と明記している。
患者さんに渡せる鍵の一言:「筋膜のかたさは、まだ誰も生きた体で測れていない。」
ただしdensification(可逆的な変化)と fibrosis(永続的な変化)を区別する視点は臨床的に有用で、そこは使える。詳しくはファシアのエビデンスに整理した。
常識 vs うちの考え
| よくある説明 | うちの見方 |
|---|---|
| 血流が悪いから痛い | 血流低下は関与しうるが、原因とは断定できない。因果の向きが未決で、逆向きの証拠もある |
| 乳酸が溜まって痛くなる | 乳酸単独では、どの濃度でも痛みは起きない。3種同時でのみ相乗 |
| 肩こりは筋が固まって血流が落ちるから | 血流が止まるには相当の力が要る(別の筋・別の条件での実測)。血流が保たれていても疲労は起こりうる |
| 温めて血流を良くすれば治る | 酸素飽和度を有意に上げたRCTでも、痛みは臨床的な差に届かなかった |
| 画像に異常がないなら気のせい | 組織損傷のない痛みは、IASPが正式に認めた分類である |
参考文献
- Kosek E, et al. PAIN. 2016;157:1382-1386. (PMID 26835783)
- Kosek E, et al. Pain. 2021;162(11):2629-2634. (PMID 33974577)
- Brinjikji W, et al. AJNR. 2015;36(4):811-816. (PMID 25430861)
- Larsson R, et al. Pain. 1999;79(1):45-50. (PMID 9928775)
- Sjøgaard G, Savard G, Juel C. Eur J Appl Physiol. 1988;57(3):327-35. (PMID 3371342)
- Sadamoto T, et al. 1983. (PMID 6685038)
- Rybicki KJ, et al. 1985. (PMID 2984167)
- Mense S. 2009. (PMID 19139871)
- Zennaro D, et al. 2003. (PMID 12586517)
- Minerbi A, et al. 2018. (PMID 29944114)
- Hägg GM. In: Electromyographical Kinesiology. Elsevier; 1991:141-144.
- dos Santos Amorim M, et al. PLoS ONE. 2024;19(2):e0292114. (DOI 10.1371/journal.pone.0292114)
- Gregory NS, Whitley PE, Sluka KA. PLoS ONE. 2015;10(9):e0138576. (PMID 26378796)
- Light AR, et al. J Neurophysiol. 2008;100(3):1184-201. (PMID 18509077)
- Rydevik B, Lundborg G, Bagge U. J Hand Surg. 1981. (PMID 7204915)
- Lewis GN, Rice DA, McNair PJ. J Pain. 2012;13(10):936-44. (PMID 22981090)
- Westgaard RH, De Luca CJ. J Neurophysiol. 1999;82(1):501-4. (PMID 10400978)
- Langevin HM, et al. BMC Musculoskelet Disord. 2011;12:203. (PMID 21929806)
- Pavan PG, et al. Curr Pain Headache Rep. 2014;18(8):441. (PMID 25063495)
本ノートは施術者向けの機序の整理であり、特定の施術の効果を述べるものではありません。診断は医師の領域です。

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)
枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。