「やらない努力」をなぜすすめるのか|常識を疑い、患者にどう伝えるか
大黒 充晴(院長/柔道整復師・臨床23年)
はじめに——「何をするか」の前に「何をしないか」
これまでの号では、痛い場所を治療しない見立て(第4号)や、歪みは日々生まれ歩いて整える(第8号)を書いた。
そのどちらにも通底しているのが、**「やらない努力」**という考え方だ。今回はこれを正面から書く。以下は私の臨床上の考え方(私見)であり、定説ではない。
私が強く否定している「常識」
世の中には、体について“常識”とされていることがある。
- 体は、柔らかければ柔らかいほど良い
- 良い姿勢を取れば、症状はなくなる
- 良い姿勢とは、胸を張り、顎を引くこと。立つときも歩くときもそう
- 歩くなら、モデルのように大股で、かかとから、きれいに
これらを、私は強く否定している。
きれいに見えることと、体に良いことは、本来イコールではない。なのに、いつの間にか「きれいに見える=健康に良い」という誤ったイコールが、当たり前になってしまっている。
なぜ「きれい=健康」が常識になったのか
少し踏み込んだ話をする。ここは患者に語るかどうかは別として、治療家として知っておきたい背景だ。
きれいは、売れる。美しさへの憧れは、商品やサービスに結びつけやすい。「きれいな姿勢になれば健康にも良い」と言ったほうが、話が分かりやすく、ものが売れる。
逆に、私が言っているような「何も意識せず、気持ちよく過ごしましょう」では、商品が売りにくい。本当に体に良いことは、たいてい自然で、お金がかからないからだ。
きれいな姿勢になるシャツ、座面に敷くシート、モデル歩き——どれも「きれいへの憧れ」を入口にした商材になりやすい。資本主義社会では、良い悪いより「経済が回るか」が指標になりやすい。医療・治療の業界も、その影響と無縁ではない、というのが私の見方だ。
※これは特定の人や商品を非難する話ではない。自分が何を、なぜすすめるのかを、流行や売りやすさで決めていないかを点検するための視点として書いている。
いちばんの根拠は「結果」
理屈より先に、結果を見たい。
もし、世間の常識が正しいのなら——これだけの情報化社会で、本当に体が良くなる情報がどんどん広まっているのだから、肩こりや腰痛で苦しむ人は、年々減っていくはずだ。
では、まわりを見渡してどうだろう。
不調を抱えた人は、減っているだろうか。むしろ増えてはいないだろうか。
情報は広まり続けているのに、不調が減らない。だとしたら、広まっている情報=常識のほうを、一度疑う目が必要ではないか。私はいつも、患者にもこの問いを投げかける。
なぜ医療者まで常識に流されるのか
ではなぜ、専門家までもが常識をなぞるのか。私の答えはシンプルで、流されているほうが楽だからだ。
「猫背が原因です、胸を張りましょう、ストレッチを続けましょう」と言えば、患者は「先生、そうですよね」と返してくれる。「なぜ?」とは聞かれない。話が早い。
しかも、それで改善しなければ、「ストレッチの頑張りが足りなかったですね」と、責任を患者側に置くこともできてしまう。
常識に反することを言えば、必ず「先生、それはどういうことですか?」と聞かれる。そこで確固たる理論を返せなければ、言い続けることはできない。
だから私は、自分の見立てを言葉にし続ける。このノートを書いているのも、その作業の一部だ。
だから「やらない努力」がいる
情報化社会では、やれることは無限にある。やろうと思えば、いくらでもセルフケアの情報が手に入る。
その多くが、私の考えでは誤った常識に基づいている。その場は楽になっても、続けるうちに体の土台がむしろ崩れていく——そういうものが少なくない(詳しくは第10号)。
だからこそ、「やる」より「やらない」を選ぶ努力がいる。情報をどれだけ集めるかではなく、どれを手放すか。これが「やらない努力」だ。
私が積極的にすすめるのは、力を抜いたゆっくりの散歩——とぼとぼ歩き(第8号)くらいのものだ。
患者にどう伝え、納得してもらうか
常識に反する話を、患者に納得してもらうのは簡単ではない。私が手がかりにしているのは、次のような順番だ。
- 結果を一緒に見る:「常識が正しいなら、これだけ情報があふれて、不調の人は減るはずですよね。実際はどうでしょう」と、患者自身に考えてもらう。
- 見た目と機能を分ける:「きれいに見える姿勢」と「体が楽な状態」は別物だと、はっきり分けて話す。
- 解剖の事実を示す:猫背(胸椎の後弯)も、巻き肩(肩甲骨の位置)も、もともと正常な形だと、根拠とともに伝える(第10号)。
- 段階を区切る:痛み・しびれを取るのは「マイナスをゼロに戻す」段階で、体を鍛えて強くする「ゼロをプラスにする」段階とは別物だと整理する(第10号)。
大事なのは、「やめましょう」だけで終わらせないこと。なぜやらないほうがいいのかを、相手が自分の頭で納得できる形で渡す。そこまでやって初めて、「やらない努力」は続く。
補足
本ノートは私の臨床上の考え方であり、すべての症例・すべての方に当てはまると主張するものではない。医師・専門家から指示された運動やリハビリは、ここでの「やらない」とは別の話だ。改善の感じ方には個人差がある。同業の参考になれば幸いだ。
本ノートは治療家・専門家向けの覚え書きであり、特定疾患の診断・治療や、当院施術の効果を保証するものではありません。

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)
枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。