肩こりに、肩を触らない|主訴の場所を治療しない——「引き算」の見立てと患者指導
大黒 充晴(院長/柔道整復師・臨床23年)
はじめに——主訴の場所を、そのまま信じない
治療家ノート第4号。これまでにファシアのエビデンス、3つの否定と関節の数ミリ、動診——症状のない場所の引っかかりを書いてきた。今回はその延長で、**「主訴の場所を治療しない」**という見立てを、先日の初診の方(60代女性)を題材に率直に書く。
その方の主訴は肩こり。そして本人は「姿勢が悪いから肩がこる」と思い込んでおられた。デスクワークが1日8時間。いかにもありそうな自己診断だ。だが、触って診た結論は違った。肩も首も、ほぼ正常。原因は土台——腰の数ミリのズレにあった。
以下は私の身体観であり、証明された定説ではない。同業への覚え書きとして読んでほしい。
肩こりの真因が「腰」にあるとき——部位の連鎖
なぜ腰が肩こりを生むのか。私の見立てはこうだ。
腰(腰椎・骨盤)が崩れる → 体を起こして支えるために、無意識に肩へ力が入り続ける → 二次的に肩がこる。
つまり肩は、崩れた土台を「起こしてくれている」だけ。家と同じで、土台がずれていれば上はそれを補おうとして無理をする。肩こりは結果であって、原因ではない。
この方の場合、上半身——首の歪みも、肩まわりの関節も、触った限りほぼ問題なかった。悪いのは腰から下。腰椎が右に数ミリずれ、土台が傾いていた。ここを整えずに肩を揉んでも、その場は気持ちいいが、また肩は力を入れ直す。揉む意味がない、と私が言うのはこの構造ゆえだ。
主訴の部位=原因の部位、とは限らない。「どこがつらいか」と「どこが悪いか」を、最初から切り離して診る。
引き算①:悪くない所は、触らない
ここが治療判断の肝だと思っている。悪くない所はいじらない。
理由は単純で、関節は触れば触るほど安定を失っていく、というのが私の感覚だからだ。良い首・良い肩まで「ついでに」施術すると、かえってグラつきを足してしまう。だから、悪い所——この方なら腰から下——だけを、最小限に整える。
「全身くまなく施術します」は、聞こえはいい。だが私は逆だと考えている。触る場所を絞れるほど、見立てができている。足し算ではなく引き算。これは3つの否定で書いた「精度を一点に集める」という話とも地続きだ。
片足立ちのグラつきは「筋力不足」ではない
この方には、左足での片足立ちが不安定、という訴えもあった。本人は「支える力(筋力)がないのでは」と考えておられた。だが、これも違う。
悪い側(左の殿筋)は、筋肉が無いのではなく、"働けない"状態になっていた。土台のズレで、本来支えるべき筋が機能を発揮できていない。だから「弱いから鍛える」は的外れで、整えればもともとある筋が働き出す。筋力の量ではなく、働ける状態かどうかを見る——詳しくは筋力の否定に書いたとおりだ。
引き算②:患者指導も"やらない努力"
見立てが引き算なら、患者指導も引き算になる。この方にも、ほぼ「やらないでください」しか言っていない。
- 「良い姿勢」を取らない:胸を張る・顎を引くは、私はむしろ肩こりを悪化させると考えている。常に肩へ力を入れ続ける指導だからだ。
- 巻き肩・猫背は、解剖学的にはおおむね正常:骨模型の肩甲骨はもともと前に巻いてついているし、胸椎は後弯している。模型を異常に作る理由がない。過剰なものは別として、巻き肩・猫背そのものを"矯正"する前提を、私は採らない。
- ストレッチ・筋トレ・牽引は基本いらない:その場は軽くなるが、根本は変わらない。緩めすぎ・鍛えすぎは支持機能を損なう。
- 座位は安静ではない:座るほど土台はずれていく。極論すれば理想は「立つか寝転ぶか」で、座る時間そのものが負担だと伝える。
唯一すすめるのは、**力まないウォーキング(散歩)**だけ。大股・かかと着地の"モデル歩き"ではなく、何も考えずリラックスして歩く。量の目安は週平均で1日5000歩ほど(1万歩を課さない)。トレッドミルは「歩く」より「歩かされる」感覚で質が少し違うので、可能なら地面を、夏場は涼しい施設内を、と現実的に。
情報過多の時代に、肩こりを治そうと検索すれば出てくるのはストレッチや筋トレばかりだ。だからこそ、それを"やらない"こと自体が処方になる、と私は考えている。
まとめ——治療も指導も、引き算で
- 主訴を追わない:肩こりでも、診て悪くなければ肩は触らない。土台(腰から下)を疑う。
- 悪い所だけ触る:良い関節をいじらない。触る場所を絞れるほど見立てができている。
- 指導も引き算:良い姿勢を強いない、緩めすぎ・鍛えすぎを避ける、座りすぎを見直す。やるのは力まない散歩だけ。
同じ関節・同じファシアを扱っても、結果を分けるのは見立てと精度だ。そして見立てが定まるほど、やること(足すこと)は減っていく。引き算の勇気を、私は大事にしている。
補足
これは私の臨床上の考え方であり、すべての症例・すべての方に当てはまると主張するものではない。本文の事例は患者個人を特定しない範囲での覚え書きで、改善の感じ方には個人差がある。同業の参考になれば幸いだ。
本ノートは治療家・専門家向けの覚え書きであり、特定疾患の診断・治療や、当院施術の効果を保証するものではありません。

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)
枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。