ACTとPRT——「脳の層」を施術者の言葉に落とし込む|問診・声かけ・やらない線引き
「痛い場所に、原因はない」と言い続けてきた自分の臨床と、慢性痛の心理療法ACT・PRTは、思っていた以上に同じ方向を向いていた。手技の治療家が心理療法から輸入できるのは「態度」と「言葉」まで——その線引きを守った上で、問診・施術中・再来時の声かけに何をどう落とし込むか。エビデンスの正確な読み方と、やってはいけないことまで含めた実務の覚え書き。
慢性痛の心理療法を2つ、まとめて勉強し直した。ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)と、PRT(疼痛再処理療法)。読み終えて最初に思ったのは、「新しいことを教わった」ではなく、**「自分が診察室で言ってきたことに、名前と裏付けがついた」**だった。このノートは、その2つを自分の臨床——問診・施術中の声かけ・生活指導——に落とし込むための覚え書きである。
先に、いちばん大事な線引きから
ACTもPRTも、本来は資格を持つ心理の専門家が行う心理療法だ。手技の治療家である私が輸入できるのは、「態度」と「言葉」と「教育」まで。 心理療法そのものはやらない。
具体的には、ソマティック・トラッキングの誘導セッションはやらない。感情処理のワーク(過去のトラウマや生活上の問題を扱うこと)もやらない。それは心理職・医療の領域だ。
この線引きは、守りのためだけではない。「言葉の選び方」だけでも、慢性痛の患者さんに渡せるものが大きく変わる——それがこの2つの療法を勉強して得たいちばんの収穫だからだ。
2つの療法を、1枚で
| ACT | PRT(疼痛再処理療法) | |
|---|---|---|
| ひとこと | 痛みと闘わずに、大切なことへ動き続ける「心の姿勢」 | 慢性痛を「脳が学習した誤警報」と捉え、脳に安全を再学習させる技法 |
| 開発 | Steven C. Hayes(1980年代) | Alan Gordon(著書 The Way Out, 2021) |
| 柱 | ①アクセプタンス(そこにあることを許す)②脱フュージョン(思考と距離を置く)③価値への行動(小さく動き続ける) | ①脳と痛みの教育 ②「脳由来」の証拠集め ③ソマティック・トラッキング ④感情的な脅威への対処 ⑤ポジティブな感覚への傾注 |
| ゴール | 痛みゼロではなく「痛みがあっても大切な生活が送れる」 | 痛みへの恐怖を消し、脳が「安全」を学ぶ |
エビデンスは正確に持っておきたい。孫引きではなく原典の書誌で書いておく。
- PRT/ボルダー腰痛試験:慢性腰痛151名のRCT。PRT群(週2回×4週・計8セッション)の**66%(33/50名)が治療後「痛みなし・ほぼなし」**に到達(プラセボ20%・通常治療10%)。効果は1年後も維持され、fMRIで前帯状皮質・島皮質など痛みの情動処理に関わる領域の活動変化が確認された。Ashar YK, et al. JAMA Psychiatry. 2022;79(1):13-23(オンライン公開2021年9月)。PMID: 34586357
- ACT/メタ分析:25RCT・1,285名。効果量は総じて小〜中等度で、痛みの強さそのものより「痛みが生活を邪魔する度合い(pain interference)」や不安に対して効果が出やすく、フォローアップでは生活支障への効果が大きかった。Veehof MM, et al. Cognitive Behaviour Therapy. 2016;45(1):5-31。PMID: 26818413
- ACT/系統的レビュー:対照群と比べ、6ヶ月フォローで痛みの受容に大きな効果・心理的柔軟性に中等度の効果。エビデンスは有望としつつ、方法論的な限界から効果が過大評価されている可能性にも著者ら自身が言及している。Hughes LS, et al. Clinical Journal of Pain. 2017;33(6):552-568。PMID: 28379843
数字の読み方に注意がいる。ボルダー試験の66%は衝撃的な数字だが、対象は「検査で重大な器質的異常のない慢性腰痛」であり、すべての痛みに当てはまる話ではない。ACTに至っては「痛みの強さはあまり変わらない」ことが正直に示されている。それでも生活は変わる——ここがACTの主張の核心であり、雑に「痛みが消える心理療法」と紹介したら、その時点で原典を裏切ることになる。
なお、PRTが対象とする「神経可塑性の痛み(neuroplastic pain)」は、国際疼痛学会が2017年に提唱した第3の痛み分類「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain・日本語訳は2021年)」とほぼ重なる概念だ。侵害受容性・神経障害性に続く3つ目の引き出しとして、これはもう治療家の常識に入れておくべき区分だと思う。
自分のドクトリンと、どこが重なるか
勉強しながら何度も手が止まったのは、すでに自分が言っていることと重なる箇所の多さだった。
| 私が言ってきたこと | ACT/PRTでの対応概念 |
|---|---|
| 「痛い場所に、原因はない」「痛む場所は被害者」 | ペインエデュケーション。「痛み=損傷のサイン」という誤解を解くことが回復の出発点 |
| 「やらない努力」「揉まない」「固めない」 | アクセプタンス。消そうとするほど苦しくなるパラドックスの回避 |
| 「癖はプロセスで治す。自己非難が唯一の敗因」 | 脱フュージョン。「また出た」を失敗と融合させず、観察して戻る |
| 「体が本来持つ回復力が働きやすい土台をつくる」 | ポジティブな感覚への傾注。安全のシグナルを脳に刻む |
| 全身のチェックポイントを順に確認し、変化をその場で確認する | 「証拠集め」の身体版。安全の実証を患者さんの体で見せる |
ただし、正直に書いておくべき「ズレ」もある。私の理論は「原因は体側の構造(関節の微小なズレとファシアの硬結)」に置く。PRTは「原因は脳の誤作動(組織は正常)」に置く。表面上はぶつかる。
私の整理はこうだ。両者は「痛い場所≠原因」で完全に一致していて、原因の置き場所が違うだけ。しかも排他ではなく重なる。 固さが残る限り警報は鳴りやすく、警報が過敏な限り体は防御で固さを作り続ける。
使い分けの目安も持っている。触って引っかかりが見つかり、整えると動きがその場で変わる——なら構造の層が主戦場(私の得意分野だ)。検査で異常なし・痛みが移動する・広がる・気分や天気で波打つ・楽しい時は忘れている——なら脳の層の比重が大きい。どちらか一方に決めつけないこと。 これが実務の答えだと思っている(※このあたりの整理は私の臨床経験に基づく私見であり、証明された定説ではない)。
「脳の層」を厚くする患者さんのサイン
PRTの自己チェックを、問診で聞ける形に翻訳しておく。3つ以上当てはまる患者さんには、施術と並行して、後述の声かけの比重を上げる。
- 「病院の検査では何と言われましたか?」→異常なし・年相応
- 「その痛み、3ヶ月以上続いていますか?」
- 「天気・ストレス・疲れで波がありますか?」
- 「痛む場所が移動したり広がったりしますか?」
- 「楽しいことをしている時、痛みを忘れていることがありますか?」
- 「治療で一時的に良くなって、また戻るを繰り返していますか?」
- 「『もう治らないかも』と不安になることがありますか?」
これは診断ではない。施術方針と言葉の調整材料だ。器質的疾患の除外は医師の役割で、red flags(しびれの進行・麻痺・排尿排便異常・発熱・夜間の激痛・体重減少など)が先にあるのは従来どおり。「脳の層」の話は、医師の診断が済んでいる患者さんにだけ厚くする。順番を逆にしない。
言葉の落とし込み——場面別
初回問診——恐怖を植えない・安全を先に渡す
PRTの出発点は「恐怖が薄まること」だ。構造の説明の仕方ひとつで、恐怖を植えることも抜くこともできる。
| 恐怖を植える言い方(やめた) | 安全を渡す言い方(使っている) |
|---|---|
| 「骨盤がゆがんでますね」 | 「壊れている場所はありません。動きが止まっている場所があるだけです。動きは取り戻せます」 |
| 「このままだと悪化しますよ」 | 「長く続いた分、体が『固めるクセ』を覚えているだけです。クセはプロセスで変えられます」 |
| 「ヘルニアが神経を圧迫してるから痛い」 | 「画像の所見と、いまの痛みの原因は、同じとは限らないことが分かってきています(診断は先生の役割ですが)」 |
「検査で異常なし」に落ち込んでいる患者さんには、警報器の比喩を使う。
「検査で異常がないのは、いいニュースです。壊れていないのに痛いのは、痛みの警報システムの感度が上がっている状態——火事じゃないのに警報器が鳴りやすくなっているようなものです。長く痛みが続いた人に起こる、体の正常な学習で、あなたの気のせいでも、心が弱いのでもありません。感度は下げられます」
⚠️ここで一つだけ絶対のルールを置いている。「痛みは脳が作っている」と直球で言わない。 患者さんには「気のせい扱いされた」「詐病と思われた」と聞こえるリスクが高い。痛みは本物である前提を必ず先に言う。PRTでも痛みは実在する出力であって想像ではない。
施術中——痛みを「観察するもの」に変える
私の施術は、関節を整えるときはほとんど痛みがなく、ファシアの硬結を緩めるときは痛みを伴うことが多い。この二層の説明に、一文だけ足すようになった。
「これは体を傷つける痛みではなくて、固まっていた場所が緩むときの感覚です。我慢で乗り切ろうとせず、『あ、ここが固かったんだな』と観察するつもりで受けてみてください」
痛みを「耐える対象」から「観察する対象」へ動かす。ソマティック・トラッキングの誘導はしないが、この一文はその入口の態度だけを借りている。
施術後——「安全の回路」に刻む30秒
「はい、さっきの動き、もう一回やってみてください。……いま、どうでしたか?」
ポイントは患者さん自身の口から変化を言わせること。こちらが「良くなったでしょう?」と言うのは誘導で、効果も半減する。自分の口で「さっきより動く」と言った瞬間の顔を見るために、この30秒がある。脳の回路は使うほど強化される——なら、安全のシグナルこそ繰り返し使わせたい。
「また戻りました」の再来時——離脱を防ぐ一言
「戻ったんじゃなくて、戻り方が変わってきていませんか。前より軽い・前より早く引く・出ない日がある——どれかがあれば、プロセスは進んでいます。『また痛い、もうダメだ』という考えが浮かぶのは自然ですが、それは頭に浮かんだ言葉であって、体の事実ではありません。事実のほうを一緒に数えましょう」
「癖はプロセスで治す」で言ってきたことと同じ構造だ。再発を失敗と融合させない。自己非難で離脱するのが唯一の敗因、というのは癖の話に限らない。
生活指導——「治ったらやりたいこと」を今日のサイズに刻む
ACTの「価値への行動」は、生活指導の動機づけとしてそのまま使える。
「その『孫と公園』、痛みがゼロになる日を待たずに、今日できるサイズに刻みましょう。今日は家の前を5分。痛みを消してからやるのではなく、やりながら痛みが居場所を失っていく——そういう順番のほうが、うまくいくという研究があります」
「痛みや不安がゼロになったら○○したい」を、「今の状態のまま、大切な方向へ一歩」に組み替える。動いてよい範囲の判断(急性期・red flags)は従来どおりで、これは運動指導の変更ではなく、動機づけの層の追加だ。
やってはいけないこと
自分への戒めとして、禁止事項を明文化しておく。
- 心理療法を「実施」しない。 輸入するのは態度・言葉・教育まで。誘導セッションと感情処理のワークはやらない。
- 「心の問題ですね」「気のせいです」と絶対に言わない。 脳の層の話は、伝え方を誤ると患者さんを深く傷つける。必ず「痛みは本物」「警報システムの感度の話」というフレームで。
- うつ・強い不安・トラウマが前景の患者さんは医療機関(心療内科・精神科)へ。 睡眠が壊れている・食欲がない・涙が出るなどのサインがあれば、施術は続けつつ受診を勧める。ここは私の領分ではない。
- 器質的疾患の除外を飛ばさない。 「脳の層」を厚くするのは、red flagsの確認と医師の診断の後。
- エビデンスの数字を患者さん向けの宣伝に使わない。 66%という数字は、文脈(対象・条件)ごと理解している人間の間でだけ意味を持つ。切り取って院内掲示に貼るような使い方をしたら、この2つの療法にも患者さんにも失礼だ。
用語ミニ辞典
| 用語 | ひとこと |
|---|---|
| 痛覚変調性疼痛(nociplastic pain) | 組織の損傷では説明できないのに続く痛み。国際疼痛学会2017年提唱の第3分類 |
| 中枢感作 | 脊髄・脳の痛み処理回路が「常に興奮」に固定化した状態。軽い刺激で強い痛み・広がる・波打つ |
| ペインエデュケーション | 「痛み=損傷」の誤解を解く教育。恐怖が薄まること自体が治療の一部 |
| ソマティック・トラッキング | 痛みを「危険」ではなく「好奇心と安全の目」で観察する練習(実施は専門家の領域) |
| アクセプタンス | 諦めでも我慢でもなく「そこにあることを許す」。戦いをやめると警戒のサイクルが緩む |
| 脱フュージョン | 「もう治らない」を事実ではなく「頭に浮かんだ言葉」として距離を置いて見る技術 |
| 価値への行動 | 痛みが消えるのを待たず、大切なことへ「今日できるサイズ」で動き続けること |
出典
- Ashar YK, Gordon A, Schubiner H, et al. Effect of Pain Reprocessing Therapy vs Placebo and Usual Care for Patients With Chronic Back Pain: A Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. 2022;79(1):13-23. PMID: 34586357
- Veehof MM, Trompetter HR, Bohlmeijer ET, Schreurs KMG. Acceptance- and mindfulness-based interventions for the treatment of chronic pain: a meta-analytic review. Cognitive Behaviour Therapy. 2016;45(1):5-31. PMID: 26818413
- Hughes LS, Clark J, Colclough JA, Dale E, McMillan D. Acceptance and Commitment Therapy (ACT) for Chronic Pain: A Systematic Review and Meta-Analyses. Clinical Journal of Pain. 2017;33(6):552-568. PMID: 28379843
- Gordon A, Ziv A. The Way Out: A Revolutionary, Scientifically Proven Approach to Healing Chronic Pain. Avery; 2021.
※本ノートの「ドクトリンとの接続」「使い分けの目安」「言葉の選び方」は、私の臨床経験に基づく考え方(私見)であり、科学的に証明された定説ではありません。慢性痛の診断・治療は医療機関の役割であり、本ノートは施術者としての説明・指導の質を上げるための覚え書きです。

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)
枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。