治療家・専門家向け

良い姿勢・ストレッチ・筋トレを「しない」理由|解剖と、マイナスをゼロに戻す戦い

大黒 充晴(院長/柔道整復師・臨床23年)

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※本ノートは治療家・医療従事者向けの専門的な覚え書きです。一般の方の自己判断・施術の代替を意図したものではありません。引用文献はエビデンス確認用であり、当院の施術効果を保証するものではありません。

はじめに——「正常」を、なぜ逸脱させるのか

第9号で、「やらない努力」という考え方の全体像を書いた。

ここでは各論として、世間でよくすすめられる良い姿勢・ストレッチ・筋トレを、なぜ私が「しない」と言うのかを、解剖と臨床の両面から書く。エビデンスのある事実と、私の臨床上の考え方(私見)は、分けて記す。

猫背・巻き肩は、もともと「正常な形」

エビデンスの補足(ここは私見ではなく、一般的な解剖学)

  • 胸椎は、後ろに弯曲している(後弯/kyphosis)のが正常。生理的な胸椎後弯はおおむね20〜45度とされ、これは椎体がくさび形をしていることに由来する。つまり背中が丸い=いわゆる「猫背」に近い形は、本来の弯曲そのものだ(加齢とともに角度は増える傾向がある)。
  • 肩甲骨は、前額面(正面)に対して約30〜45度前方を向いた位置が、安静時の通常の姿勢。肋郭が楕円形をしているため、肩甲骨は内側に回旋して“やや前向き”に着く。これは「巻き肩」と呼ばれがちな形に近い。健常者でも個人差が大きいことも知られている。

ここを押さえると、奇妙なことに気づく。

猫背も巻き肩も、解剖学的には正常の範囲だ。なのに世間では、それを「肩こりの原因」「首こりの原因」として、わざわざ正常から逸脱させる方向——胸を張り、肩を後ろに引く方向——へ矯正させようとする。

私には、これが理解しづらい。正常な形を、なぜ「悪い姿勢」と呼んで直そうとするのか。

「良い姿勢にすれば治る」は、確かではない

エビデンスの補足

「姿勢の崩れが痛みの原因だ」という考え方(postural-structural-biomechanical:PSBモデル)は、近年の研究でその因果が大きく揺らいでいる。Lederman(2011)の総説は、静的な姿勢・構造が腰痛の主因だとする従来モデルの限界を指摘した。

※ただし、前方頭位や円背と首・肩の症状の関連を報告する研究もあり、結論は一様ではない。「姿勢=痛みの原因」と単純に断定できない、という意味で受け取ってほしい。

つまり、「良い姿勢にすれば痛みが消える」は、少なくとも確実な前提ではない。私が臨床で「姿勢を頑張って作らせない」のは、ここに無理に労力をかけても、報われにくいと考えているからだ。

ストレッチを、なぜすすめないのか

ここからは私見の色が濃くなる。

筋肉には、「体を動かす」働きと同時に、それと同じくらい重要な「体を支える」働きがある。立っていられるのも、座った姿勢を保てるのも、筋肉が支えてくれているからだ。

ストレッチで緩めれば緩めるほど、この支えが失われていく、というのが私の見方だ。

たとえるなら、テントの支柱を抜くようなもの。支柱を抜けば、テントは形を保てない。人の体も同じで、関節・骨格を支えるものを緩めるほど、支えを失い、今度は関節そのものに負担が集まって、痛みにつながり得る。

「柔らかいほど良い」の行き着く先は、グラグラだ。柔軟性の極致は安定の喪失でもある、と私は考えている。

なぜストレッチがこれだけ広まったのか。私見では、トップアスリートがやっているからだと思う。プロが、オリンピック選手がやっているのだから、一般の人にも良いはずだ——そうやって降りてきた。

だが、私がプロの練習に混ざれば、30分ももたない。体という生き物が、そもそも違う。同じことをすれば、一般の体は壊れかねない。

ストレッチは、その場は軽くなる。だからこそ「続ければ治る」と思って続けてしまう。けれど、その場の楽さと引き換えに、土台の安定が少しずつ削られていく——そう感じる症例を、私は少なからず見てきた。

筋トレを、なぜすすめないのか——「マイナスをゼロに戻す戦い」

痛み・しびれが出ているとき、体の中では何が起きているか。負のループ(第7号)で書いたように、関節がわずかにズレ、筋に硬結ができ、神経の通りが悪くなっている。

ここで大事なのは、筋力が弱いのではない、ということだ。筋力はある。けれど、それを使えない状態になっている。

だから私は、こう考えている。立って歩ける筋力があるなら、痛み・しびれを取る上で、それ以上の筋力は必要ない。

むしろ、神経の通りが悪く、関節がズレている状態で負荷をかければ、関節をさらに痛めかねない。痛み・しびれの時期の筋トレは、危ういのだ。

ここで、患者にいつも話す整理がある。

  • 痛み・しびれを取るのは、マイナスをゼロに戻す戦い
  • 体を鍛えて強くするのは、ゼロをプラスにする戦い

この二つは、別物だ。いや、ほとんど真逆と言っていい。

ゼロからプラスを作るときは、負荷をかけ、その回復(超回復)で体は強くなる。だが、マイナスの人——たとえば寝込んでいる人に「元気を出せ、走れ」と負荷をかけたら、どうなるか。よりマイナスが深まるだけだ。

世間の常識は、マイナスの人にプラスを与えれば、ゼロを通り越してプラスになる、という飛躍をしているように見える。でも、そんな飛び級はできない。まずはマイナスをゼロへ。一段ずつだ。

※これは、健康の維持・向上のための運動そのものを否定する話ではない。あくまで「痛み・しびれがある時期に、自己判断で負荷をかけること」への注意だ。医師・専門家から指示されたリハビリや運動は、また別の話になる。

まとめ——「やらない」にも理論がいる

  • 猫背(胸椎後弯)・巻き肩(肩甲骨の前方位)は、解剖学的に正常の範囲。逸脱させる必要はない。
  • 「良い姿勢にすれば治る」という因果は、研究的にも確実ではない。
  • ストレッチは支えを奪い得る。トップアスリートと一般人の体は違う。
  • 痛み・しびれの時期の筋トレは、マイナスをゼロに戻す戦いには向かない。

「やらない」は、ただの放任ではない。なぜやらないかを説明できることが、治療家の側に問われる。第2号の3つの否定第4号のやらない努力とあわせて、自分の言葉で渡せるようにしておきたい。

補足

本ノートのうち、胸椎後弯・肩甲骨の位置・姿勢と痛みの研究は一般的な知見だが、ストレッチ・筋トレに関する判断は私の臨床上の考え方(私見)であり、すべての症例・すべての方に当てはまると主張するものではない。医師・専門家から指示された運動・リハビリは別である。改善の感じ方には個人差がある。


本ノートは治療家・専門家向けの覚え書きであり、特定疾患の診断・治療や、当院施術の効果を保証するものではありません。

大黒 充晴

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)

枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。

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