治療家・専門家向け

画像に写った「異常」は、痛みの犯人とは限らない|無症状のヘルニア・すべり症・脊柱管狭窄症

大黒 充晴(院長/柔道整復師・臨床23年)

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※本ノートは治療家・医療従事者向けの専門的な覚え書きです。一般の方の自己判断・施術の代替を意図したものではありません。引用文献はエビデンス確認用であり、当院の施術効果を保証するものではありません。

「このヘルニアが無くならない限り、痛みは取れません」——そう説明を受けた、という患者さんは少なくない。一見、わかりやすい。だが世界の研究を並べると、その説明にはいくつか"合わない点"が見えてくる。本ノートは、無症状の人にどれだけ画像所見(ヘルニア・すべり症・脊柱管狭窄)があるかを、実在の研究の数字で正確に確認し、「所見の存在=痛みの原因、とは限らない」という当院の立場の根拠を整理する。同時に、"本物"を見落とさないための線引きと、患者さんへの安全な伝え方まで置いておく。

先に結論——3つだけ

  1. 画像に写る"異常"(ヘルニア・すべり・狭窄)は、腰痛のない人にもありふれている。加齢とともに、むしろ当たり前に増える。
  2. だから 「画像に所見がある」=「それがこの痛みの原因」ではない。原因として意味を持つのは、症状の分布と画像所見が一致したときだけ。
  3. ただし 神経を本当に圧迫する"本物"はある。そこは見分け、危険信号(馬尾症候群など)は医療機関へつなぐ。ここを外すと、ただの言い過ぎになる。

これは痛い場所=原因ではない、という当院の一貫した見方と地続きだ。痛みの"場所"や画像の"名前"を追いかけるより、いま本当に症状を出しているものは何か、を見る。

1. 無症状のヘルニアは、どれくらいあるか

腰痛のまったくない人にMRIを撮る研究が、いくつもある。

  • Boden ら(1990・JBJS):腰痛・坐骨神経痛・間欠跛行の既往が一度もない67名。60歳未満でも20%に椎間板ヘルニア。60歳以上では約57%が異常所見で、36%にヘルニア、21%に脊柱管狭窄。20〜39歳でも35%に椎間板の変性・膨隆。
  • Jensen ら(1994・NEJM):腰痛のない98名。52%に膨隆(bulge)、27%に突出(protrusion)、脱出(extrusion)は1%。まったく正常だったのは36%だけ。
  • Brinjikji ら(2015・AJNR):無症状者を集めた33研究・3,110名のメタ解析。年齢別に見ると:
所見(無症状者)20歳30歳40歳50歳60歳70歳80歳
椎間板の変性37%52%68%80%88%93%96%
膨隆(bulge)30%40%50%60%69%77%84%
突出(protrusion)29%31%33%36%38%40%43%
すべり症3%5%8%14%23%35%50%

つまり、「痛みのない人の約半数に、膨隆などの椎間板の変化がある」(Jensenの52%、Brinjikjiの40〜50代とも一致)。

⚠️ 正確さの注意:ここで約半数なのは膨隆(bulge)だ。はっきり飛び出した脱出は1%、突出でも27%(Jensen)。だから「約半数にヘルニア」と言うと、専門的には膨隆と突出・脱出を混同した表現になる。**「約半数に、膨隆などの椎間板所見」**と言うのが正確で、かえって話の信頼性が上がる。

2. ヘルニアの多くは、放っておいても自然に消える

「ヘルニアが無くならないと痛みは取れない」という説明の、もう一つの"合わない点"がこれだ。

  • Zhong ら(2017・Pain Physician):11研究・587名のメタ解析。保存的な経過で、ヘルニアの約66%(およそ3人に2人)が自然に縮小・消失した。
  • Chiu ら(2015・Clin Rehabil)大きく飛び出したものほど、よく吸収される。遊離脱出(sequestration)96%、脱出(extrusion)70%、突出(protrusion)41%、膨隆(bulge)13%が縮小。直感に反するが、"重症に見える"ヘルニアほど自然に引いていきやすい。

しかも臨床では、ヘルニアが画像に残ったままでも、痛みのほうが先に軽快していくことが珍しくない。「その塊が消えるまで痛みは取れない」という前提とは、そもそも噛み合わない。

念のため補足すると、これは特定の先生を責める話ではない。「画像に写った異常=痛みの原因」という考え方(画像先行モデル)は、長く医療全体の常識だった。 それがこの20〜30年の研究で見直され、今では主要な診療ガイドライン自身が、危険信号のない腰痛にルーティンの画像検査を勧めていない(利益が乏しく、かえって不要な検査・不安・介入を招きうるため。米国内科学会ACP)。"画像所見と痛みを安易に結びつけない"というのは、もはや医療の側の推奨でもある。

3. すべり症も、無症状が"多数派"

  • Kalichman ら(2009・Spine/Framingham):地域住民のCTで、分離症(spondylolysis)が11.5%。だが分離症・すべり症の有無と腰痛は、有意に関連しなかった
  • Fredrickson ら(1984・JBJS):500名を子どもから成人まで追跡。分離症は成人で約6%に増えたが、この集団で分離・すべりが症状を出したことは一度もなかった
  • Andrade ら(2015・Eur Spine J):15研究の系統的レビュー。一般集団で、分離症・分離すべり症と腰痛の間に、因果を支持する一貫した関連はない
  • 日本の大規模住民コホート(ROAD study)でも、すべりの程度は腰痛のある群・ない群で有意差がなかった

→ 「無症状のすべり症は存在するか?」の答えは、明確に "Yes"。むしろ画像で偶然見つかるすべりの大半は無症状だ。 「すべっているから痛い」と自動的に結びつけるのは、研究に反する。

4. 脊柱管狭窄症も、"画像の狭さ"と"症状"は別物

  • Boden ら(1990):無症状の60歳以上の21%(約5人に1人)に脊柱管狭窄
  • Kalichman ら(2009・Framingham):後天性(変性性)狭窄が相対22.5%・絶対7.3%。**60〜69歳では相対47.2%**と加齢で急増。
  • Ishimoto ら(2013・和歌山 Wakayama Spine Study):住民MRIで中等度以上の中心性狭窄が77.9%、重度が30.4%。だが重度の狭窄がある人でも、症状ありは17.5%だけ=約82%は無症状
  • Haig ら(盲検研究)MRIの管の狭さだけでは、症状のある人とない人を偶然以上に見分けられなかった

→ 「無症状の脊柱管狭窄は存在するか?」も "Yes"。 画像の"狭さ"は加齢でありふれ、その多くは症状を出していない。狭窄の診断は画像だけでは決まらず、病歴と神経学的な所見(間欠跛行の有無など)が主役になる。

5. ——ただし、"本物"を見落とさない(安全な線引き)

ここを外すと、ただの言い過ぎになる。画像所見が無症状者に多い=所見は全部無視してよい、ではない。

  • ヘルニアが神経根を圧迫し、しびれ・痛みの範囲や筋力低下が画像の高位と一致していれば、それは症状を出している坐骨神経痛(radiculopathy)だ。
  • 脊柱管狭窄症で神経性間欠跛行(歩くと下肢がしびれ・重だるくなり、座る/前かがみで楽になる)が出ていれば、症候性の狭窄。症候性の腰部脊柱管狭窄は住民の約9.3%に存在する(Ishimoto 2012)。
  • すべり症でも、強い不安定性や神経症状を伴えば症候性になりうる。

そして、以下はすぐに医療機関へ(緊急を含む):

危険信号(red flags):会陰部・内ももの感覚麻痺(サドル麻痺)、新たな排尿・排便の障害、両脚のしびれや進行する脱力・足の垂れ——これらは馬尾症候群の疑いで、早期の対応が予後を左右する。ほかに、発熱・がんの既往・原因不明の体重減少・強い外傷後・夜間安静時の激痛なども受診の対象。画像診断と医師の役割は不可欠であり、当院はそれを否定しない。

6. では、当院は何を見るのか

画像の"名前"(ヘルニア・すべり・狭窄)は、多くの人が持っている加齢の一面でしかないことがある。だから当院は、その所見が症状と一致しているかを確認したうえで、動きの中で本当に症状を出している原因はどこかを見る。

  • 画像に一喜一憂しない。「所見がある=一生ものの爆弾を抱えた」ではない(多くの人が無症状で持っている、自然に引くこともある、と知ってもらう)。
  • 痛みの"場所"や画像の"名前"に固定されず、動作・生活・体の使い方から、回復しやすい状態をつくる。
  • 本物の神経症状・危険信号は見分け、必要なら医療機関につなぐ。

※当院の施術で「ヘルニアを消す・すべりを戻す・狭窄を治す」とは述べない。構造そのものを変える主張はエビデンスにも合わず、そういう約束はしない。

7. 患者さんへの伝え方(推奨)

不安を煽らず、しかし正確に。医師の診断を否定する形にもしない。

  • 画像に"異常"と書かれていても、それが今の痛みの原因とは限りません。 痛みのない人にも、同じ所見はとても多いんです」
  • ヘルニアの多くは、時間とともに自然に小さくなっていきます。 "消えるまで治らない"わけではありません」
  • 「ただし、しびれや力の入りにくさが強いとき、足の感覚や排尿の異常があるときは、すぐ医療機関で診てもらう必要があります

この3つを、断定せず・怖がらせず伝えるだけで、患者さんの「一生ものの爆弾を抱えた」という思い込みは、だいぶ軽くなる。

まとめ

画像所見無症状の人での頻度痛みとの関連安全な言い方
椎間板の膨隆約半数(Jensen 52%/Brinjikji 40〜50代で50〜60%)所見だけでは原因と言えない「約半数に、膨隆などの椎間板所見」
椎間板ヘルニア(突出・脱出)突出27%・脱出1%(Jensen)/60歳未満でヘルニア20%(Boden)症状と高位が一致すれば原因になりうる「一致すれば原因。多くは自然に吸収」
すべり症・分離症分離症 成人約6〜11.5%一貫した関連なし(Andrade・Kalichman・ROAD)「多くは無症状。すべり=痛みではない」
脊柱管狭窄60歳以上で21%(Boden)/重度でも82%無症状(Wakayama)相関は弱いが、重度・症候性は実在「画像の狭さ≠症状。間欠跛行があれば別」

一言でいえば——画像は"名前"を教えてくれるが、"犯人"かどうかまでは教えてくれない。所見と症状が一致するかを見て、本物は見分け、危険信号は医療へ。それ以外は、画像に振り回されないことが、患者さんの回復をむしろ助ける。

補足

本ノートは治療家・専門家向けの覚え書きである。エビデンスの記述は、以下の実在研究・機関に基づく(Boden 1990 JBJS/Jensen 1994 NEJM/Brinjikji 2015 AJNR/Zhong 2017 Pain Physician/Chiu 2015 Clin Rehabil/Kalichman 2009 Spine・The Spine Journal/Fredrickson 1984 JBJS/Andrade 2015 Eur Spine J/Ishimoto 2012・2013 Osteoarthritis Cartilage/Haig 2006-07/米国内科学会 ACP 画像診断の助言 ほか)。数値は無症状者・一般集団・混合集団で母集団が異なるため、単一の断定は避け範囲で示した。画像所見の有無だけで診断・治療方針は決まらない。強いしびれ・麻痺・急な悪化・排尿排便の異常・発熱・がんの既往などがあるときは、生活指導より先に医療機関への相談を優先してほしい。同業の参考になれば幸いだ。


本ノートは治療家・専門家向けの覚え書きであり、特定疾患の診断・治療や、当院施術の効果を保証するものではありません。

大黒 充晴

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)

枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。

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