「施術しない」を設計する|禁忌・中止基準・危険サイン——安全は技術より先に文書化する
治療家ノートはこれまで『どう治すか』を書いてきた。本ノートは逆で、『いつ施術しないか・いつ止めるか・いつ医療機関へつなぐか』を書く。骨折疑い・発熱・抗凝固薬・妊娠中などの入口の線引き、施術中の即時中止基準、患者さんにも伝えている受診の危険サイン、そして手術を『究極の対症療法』と捉える私の立場まで。一人の判断を、人に渡せる基準に変える試み。
このノートは、これまでと向きが逆だ。今までは「どう見立てるか」「どう解除するか」——つまりやる側の話を書いてきた。今回は、やらない側の設計図。誰を施術してはいけないか、施術中に何が出たら止めるか、どこから先は医療機関の領域か。一人でやっている分には体に染みついている判断を、人に渡せる基準として言葉にしておく。安全の線引きは、技術より先に文書化されるべきだと思っている。
先に結論——3つだけ
- 禁忌は「施術しない」の一択ではない。「経験の浅い施術者は手を出さず、上位者に回すか、医療機関へ案内する」の二段構えで運用する。
- 施術中の中止基準を先に決めておく。症状を無理に取りにいって続けない。
- 受診の危険サインは、患者さんに伝えている基準とスタッフが共有する基準を同じものにする。院内と院外で線がずれていたら、基準の意味がない。
1. 入口の線引き——「触らない」と「回す」を分ける
「してはいけない」を院の基準として決めるとき、私は禁止と**回付(上に回す・医療機関へ案内する)**を分けて考えている。全部を禁止にすると現場が動かなくなり、全部を現場判断にすると危険だからだ。
私の線引きはこうだ。
| 状態 | 当院の扱い |
|---|---|
| 骨折・脱臼が疑われる | 施術しない。上位者判断か、医療機関へ案内 |
| 怪我の直後・強い炎症 | 積極的な施術はせず、初期対応(アイシング)にとどめて上位者判断 |
| 発熱を伴う痛み/施術部位の熱感・赤み(感染疑い) | 施術しない。医療機関を案内 |
| がんの治療中・治療歴+原因不明の体重減少 | 基本は医療機関を優先 |
| 強い骨粗しょう症・長期のステロイド使用 | 上位者に任せる |
| 血液をサラサラにする薬(抗凝固薬) | 強い刺激は避ける。問診で必ず確認 |
| 妊娠中 | 横向きでの施術は可能と考えるが、お腹・腰へのアプローチは上位者判断 |
| 施術部位に傷・皮膚の病気 | 触れない部位は施術しない。患者さんとの合意で可否を決める |
ポイントは、**「経験の浅い人が判断を抱え込まない」**構造にすること。骨折疑いを前に「自分がどうにかする」必要はどこにもない。回す先(上位者・医療機関)が最初から決まっていれば、迷いは判断ではなく手順になる。
2. 施術中の即時中止基準——「取りにいかない」
入口を通っても、施術の最中に出たらその場で止めるサインを決めてある。
- 痛み・しびれが強くなる、広がる
- 気分が悪い・めまい・冷や汗・動悸・顔色が悪い
- 力が入らない、感覚が鈍くなる
止めて、休んでいただく。改善がなければ院長へ。危険サインを伴えば医療機関へ案内する。
とくに書いておきたいのは、施術後に新しいしびれ・脱力・感覚異常が出たときの扱いだ。その場で中止し、その日は施術を続けない。医療機関の受診を案内する。無理に症状を取ろうとして施術を重ねない——ここで「もう少しやれば取れるかもしれない」と粘るのが、一番危ない。過剰刺激はダメージになるという第6号の原則は、こういう場面でこそ効いてくる。
3. 急性期——「発熱時はやらない」「安静一辺倒でもない」
怪我の直後や炎症の強い時期について、私の整理は二つ。
一つ、発熱があるときは施術しない。これは例外を作らない。
二つ、急性期=全面安静、とも考えていない。痛みが強くなるなら施術はできない。だが、施術に耐えられて痛みが増えないのであれば、動かせる範囲は動かしたほうがよい、というのが私の立場だ。そのうえで、急性期には氷でのアイシングを必ず伝える。
4. 受診の危険サイン——患者さんに伝えている基準と同じものを
「まず病院へ」の危険サインは、当院が患者さんブログでずっと伝えてきた基準がある。スタッフが共有すべきなのは、それと同じ内容だ。
- 排尿・排便がしにくい、漏れる → 医療機関へ
- 足の力が急に入らない・麻痺が進む → 程度が強ければ医療機関へ
- 発熱を伴う痛み → 施術はできない。受診または自宅療養
- がんの治療歴+原因不明の体重減少 → 医療機関を優先
- 安静にしても強く痛む・夜間に強く痛む → 手術適応の可能性もあり、整形外科受診を勧めてよい
- 転倒・事故の直後の強い腫れ・変形 → まず画像検査。医療機関へ
私は普段、整形外科の受診を積極的に勧めるほうではない。それでも、安静時痛・夜間痛のように重い神経症状や手術適応の可能性がある訴えについては、整形外科に行かれてよいと伝えている。線引きを持っているからこそ、「行かなくていい」も「行ってほしい」も、根拠を持って言える。
5. 手術について、私がいつも添えること(私見)
危険サインの話には、手術の話がついてくる。ここは誤解されやすいので、私が患者さんに実際に伝えている言い方をそのまま書いておく。
手術は、その場の激痛を取るという意味で、結果を変える力がある。それは認めたうえで——私は手術を**「究極の対症療法」だと考えている。結果(飛び出したもの・激痛)を変えることはできるが、そこに至った土台——体全体の関節のわずかなズレやファシアの硬結——は、手術では手つかずのまま残る**、という見方だ。
だから、手術で激痛が取れた方にも、「根本の土台は別に整えていきましょう」と必ず伝える。手術を否定するのではない。手術と土台の治療は、役割が違うという整理だ。なおこれは私の臨床経験に基づく考え方(私見)であり、科学的に証明された定説ではない。手術の要否そのものは、医師と患者さんの間で決まることに口を挟まない。画像所見と痛みの関係については画像に写った「異常」は犯人とは限らないに整理してある。
おわりに——安全基準は「作って終わり」ではない
入口の線引き・中止基準・危険サインまでは、こうして文書にできる。だが安全の最後のひとかけら——圧をどこまで、何秒まで——は、文書の形にするのがいちばん難しかった。それは私の手の感覚そのものだからだ。それでも数字にできるところは数字にした。次の第25号で、押圧の上限と「再チャレンジをしない」という原則を書く。
補足
本ノートは当院の運用基準づくりの過程を記した私見であり、あらゆる施術所に当てはまる標準を主張するものではない。禁忌・可否の最終判断は、各自の資格の範囲・臨床判断・医療機関との連携による。
本ノートは治療家・専門家向けの覚え書きであり、特定疾患の診断・治療や、当院施術の効果を保証するものではありません。

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)
枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。