治療家・専門家向け

体には口がない、だから症状で訴える|「キャパ超え」を患者さんにどう伝えるか

症状はシンプルに言えば、負担の蓄積——自分の容量(キャパ)を超えたことを続けた結果として起こる。体には口がないから、痛みか病気の形で『オーバーしていますよ』と訴えるしかない。第7号で理論として書いた『痛みと病気は同根』が、診察室では実際にどんな言葉になるのか。頑張り屋の患者さんを責めずに『選べるところは休む』を治療の一部として渡す、私の説明の実際を書く。

大黒 充晴(院長/柔道整復師・臨床23年)
※本ノートは治療家・医療従事者向けの専門的な覚え書きです。一般の方の自己判断・施術の代替を意図したものではありません。引用文献はエビデンス確認用であり、当院の施術効果を保証するものではありません。

第26号(実録)の診察の終盤、アイシング指導のところで、私はこの患者さんに少し長い話をしている。録音を読み返して、ここは独立させて書いておくべきだと思った。症状とは何か——私が診察室で実際に話している、いちばん根っこの説明だからだ。

「余力があるんだったら」から始まる

その場面はアイシング指導だった。捻挫した足首には氷でのアイシングをやったほうがいい。ただ私はこのとき、「絶対やってください」とは言っていない。**「余力があるんだったら」**と言った。

やる・やらないの線は引いてある。何もしていないのに痛む——座っていてもうずく——なら、それは炎症の暴走、過剰な炎症なので、氷でのアイシングは絶対にやったほうがいい。でも、動けていて痛みが一定なら、「絶対」ではない。やったほうがいいけれど、余力があるなら、だ。

なぜそんな言い方をするのか。この**「余力があるんだったら」が、実は結構重要**だからだ。

悪くなる方は、基本、頑張り屋

こんなふうに悪くなる方は、基本、頑張り屋なのだ。これは本当に、めちゃくちゃある。

どこかが痛くなるというのは、自分のキャパを超えているということだ。自分の容量を超えたことをずっとやっている。無理をしている。もちろん、無理をしなければいけない場面はある。でも、選べるところまで無理してしまっている。要は、他人のために頑張ってきたわけだ。子どものためなら、そうなるのは当たり前だとも思う。ただそれが過度な方は、やっぱり悪くなる。自分のことを二の次、三の次にしていたら。

ぶつけられたわけでもないのに痛みが出る——それは結局、オーバーワークだからだ。逆に言うと、ちゃらんぽらんな人のほうが痛みがなかったりするのは、そういうことなのだと思う。痛いんだから休んであげたらいいのに、頑張ってしまう人が悪くなる。

体には口がない、だから症状で訴える

だから私は、症状というものをこう説明している。

体には口がないから、症状で訴えるしかない。

自分の容量を超えたことを続けていると、体は口がきけないので、症状か病気の形で「ちょっといろいろオーバーしていますよ」と訴えてくる。それが痛みに出るのか、病気に出るのか。私は、成り立ちは一緒だと思っている。

この「痛みも病気も、たどれば同じ」という身体観そのものは、第7号に負のループとして理論の形で書いた。あちらが治療家向けの理屈だとすれば、こちらは診察室でそのまま口に出している言葉だ。症状はシンプルに言えば、負担の蓄積(キャパオーバー)によって起こる——理屈を全部説明しなくても、この一文と「体には口がない」のひとことで、患者さんには十分伝わる。

※これは私の臨床上の身体観(私見)であり、医学的な定説ではない。整体で病気が治る・防げるという意味でもまったくない。診断は医療機関の役割で、その前提は崩さない。

「選べるところは、休む」を治療として渡す

この症状観から、指導がひとつ導かれる。選べるところでは、頑張るのではなく、休むほうを選ぶ——私はこれを治療の一部として渡している。

無理をしなければいけない場面は、この先必ず出てくる。そのときのために、選べるところは温存する。見直せるところがあるなら振り返ってみる。それだけの話なのだが、頑張り屋の方には、これがいちばん難しい。

典型例が、セルフケアそのものだ。真面目な方・頑張る方ほど「絶対やらな」となって、自分の睡眠を削ってでもアイシングをやってしまう。それでは本末転倒だ。睡眠がいちばん大事なのだから、削らないで——という話に、必ずなる。セルフケアの優先順位が睡眠より上に来た瞬間に、そのセルフケアは体を治す側ではなく、キャパを削る側に回る。睡眠を治療の上流に置く話は「睡眠は治療の上流」のノートに書いたが、診察室ではこういう形で顔を出す。

冒頭の「余力があるんだったら」は、だからただの言葉選びではない。指導そのものに「休む選択」を織り込んである。やればやるほどいい、でも、頭の片隅に置いてもらいながら、でいい。

責めない設計——「あなたのこと」と言わない

もうひとつ、伝え方で必ず守っていることがある。この話は一歩間違えると「あなたの生き方が悪い」という説教になる。だから私は実際の診察で、こう言い添えている。

「これは、あなたのことと言っているのではなくて。すごくよくあることなので」

頑張ってきたことを否定されたら、患者さんは防御に入る。そうではなく、「頑張り屋ほど悪くなるというのは、よくあること」という一般論の形で差し出して、当てはまるかどうかは患者さん自身に振り返ってもらう。責めずに、鏡だけ渡す。この話法とセットでないと、この症状観は診察室では使えないと思っている。

おわりに——症状の見方が、指導の言葉を決める

症状を「壊れた箇所」とだけ見れば、指導は「これをやってください」の足し算になる。症状を「キャパ超えの訴え」と見れば、指導には引き算——休む選択が必ず入る。私の指導が「頑張らない努力」(第9号)に寄っていくのは、この症状観が根っこにあるからだ。

補足

本ノートは私の臨床上の身体観と患者説明の実際であり、すべての症例・すべての方に当てはまると主張するものではない。明確な外傷・疾患による症状はこの限りではなく、痛み・しびれ・全身の不調の背景には医療機関での検査・診断が必要なものがある。改善の感じ方には個人差がある。同業の参考になれば幸いだ。


本ノートは治療家・専門家向けの覚え書きであり、特定疾患の診断・治療や、当院施術の効果を保証するものではありません。

大黒 充晴

大黒 充晴院長/柔道整復師(国家資格)

枚方市・大黒整骨院 院長。臨床23年・延べ5万人以上の施術。電気や温熱の機械を使わず、関節の数mmのズレとファシア(筋膜を含む結合組織)への手技を軸に施術する。

関連ノート

WEB予約するLINEで予約